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呟きたいときくるところ
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「こんにちはー」

一声、わざと間延びさせて子供らしさを意識しながらの来訪を告げる挨拶をする。
我ながら姑息な大根役者だとは思いながら、それでもついつい意識してしまう。
それは自分が本当は子供とは言いがたい精神年齢だということを自覚しているからか。
なんとなく、子供であろうとすることをやめることは難しかった。

「・・・・お嬢様がお待ちだ、早く来い」

ぎぃ、と正面扉が開かれ、現れた初老の男はちらりとこちらを一瞥し、すぐさまくるりと踵を返す。
毎度のことながら、気分はあまりよくはないなぁなんて思いながら、大人しく彼の後へ続いた。
2階へと続く階段を登りつつ、ここへ来るのも3度目なのだと思い出す。
まだ数を重ねては居ないアキが屋敷内で迷わずに居られるのは、多少なりともゲームをしていたおかげなのだろうということは否定できなかった。

「アキ!待ってたわ!」

男とアキが2階へと着いた瞬間、鈴のなるような少女の声が響いた。
視界をふわりと栗色の髪が覆ったかと思えば、次の瞬間には小柄で華奢な体が抱きついてきていた。
小さな少女の体を軽く受け止めつつ、両手をどうしようとしばし迷う。
これが初めてではないにせよ、彼女の気さくさにアキは毎回戸惑いを隠せなかった。
庶民の悲しい性か、彼女の立場と自分の立場をつい考えてしまうから。

「・・・お嬢様、下賤の者にそのような振る舞いは関心いたしませぬ」

おまけに、これ。
常に、お目付け役のようにアキと主人のことを見守る初老の男がいる。

「バロウズ家が一子であるルセリナお嬢様と、下賤の子供では格というものがございますれば」

厳しい目でアキを睨む男に、苦笑を禁じえない。
雇われた初日から、あからさまな敵意を隠さない男を、むしろ微笑ましく思った。
バロウズ家の一人娘を悪漢から偶然救ったことがきっかけで、護衛兼遊び相手として雇われることになった当初は、やはり戸惑いもしたし怖気づきもした。
つい先日、この家の長子を殺したのは自分だ。
誰もその事実を知らず、娘を助けた恩人として、蔑まれながらもある程度一目置かれていることを異常に思う。
初めて諸悪の根源であるヒラム・バロウズその人に会ったとき。
湧き出る黒い憤懣を抑えるのに酷く苦労したことを今でも鮮明に思い出す。
お前さえ居なければ。
お前さえ余計な真似をしなければ。

「もう!そのような言い方はよしてといっているでしょう!」

ぷりぷり怒ったルセリナの声に、現実へ意識を引き戻される。
いつの間にかトリップしかけていたことに気づき、内心で冷や汗をかいた。
このままではいられない。
それはずっと実感としてアキの中にある。
けれど、ここでの稼ぎを失えば、また仲間がひもじい目にあうのだ。
アキは小さく息を吐いて、未だ抱きついたままだったルセリナを優しく引き剥がした。

「お嬢様、さぁ、お勉強の時間でしょう?」

いつまでもこうしてはいられませんよ

笑いながら告げると、ルセリナが可愛く膨れた。
整った顔立ちの子供がやると、実際絵になるのだと知ったのはつい最近だ。

「まぁ、アキまでそんなことをいうのね。まだこうしていたいわ」

せっかく会えたんだもの!

そういって笑い、再び張り付いてきた少女の背に今度こそ手を伸ばし、またため息を一つ。
呆れたのではない、ただいつかは反動がくるのではないかと思ってしまうほどの幸福を感じでいた。
まだ会って間もないアキとルセリナの間には、別ち難い絆のようなものが確かに存在していた。
それは、窮地を救われたルセリナのアキに対する信頼に、アキが応えたいと願っている証といえよう。
あの場所で穢れてしまったと思った自分に、ルセリナは物怖じせず近づいて触れてくれる。
勿論、幽世の門でしばらく過ごしたことなど知りもしないはずだが、それでも身分の違いはある。
ルセリナは初めてできた年の近い同性の友達を、何よりも大事に思っていた。
そしてそれはアキもまた十分に感じていて。
自分以外の温もりは、一度実感してしまえば捨てがたいものになる。
そしてそのときに苦しむのは、自分と相手の両方なのだ。
アキはそれを知りながらも、今はただこの温い平穏を甘受した。
否応なしに動かねばならなくなるときは、この先必ず来るだろう。
その時になれば、アキもまた決断せざるを得ない状況へと追い込まれるに違いない。
わかっているからこそ、今をただ感じていたかった。

酷く感傷的な気分になる自分を嫌悪しながら、アキは幸せそうに笑った。

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キィンッ ガギッ ギギギッ キィーン
 
金属の刃が大きく音を立て、凄まじい勢いで振り下ろされ続ける様を見て、思わず体が震える。
あれを次は自分が受けねばならないことを思えば、当然だとも思えた。
互いに訓練用の鈍り刀を使用しているとはいえ、指南役は大の男であり、屈強で残酷無慈悲、おまけに歴戦の剛の者だ。
対する挑戦者達は、いずれも年端の行かぬ幼い者たちばかり。
大人しく順番待ちに列を為しているが、それはまるで死刑宣告を黙って待っている囚人のようにも見えた。
そして自分もまた例に漏れず、静かに目の前の戦いを見つめ、己の番を待っている。
ふと、あまりにも幼い自分の両手を見下ろし、体の芯から湧き上がる恐怖を慌てて押し込めようとした。
怯え震える様を指南役が目に留めれば、『指導』というなの虐待が、更に過酷なものとなることをアキは良く知っていた。
 
ガキッ ドガッ

「・・・次、アキヅキ」

先ほどまで相手をしていた少年は、剣ごと軽く吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
それから数秒も待たず、己の名を呼ばれる。
まるでこれから本当に殺されるのではないか、などとあながち間違いでもない考えが思考を支配するが、アキの体はそれでも前へと進んでいた。
立ち尽くしては余計に指南役の気を損ねるだけだ。
凄まじい吐き気と闘いつつ、アキは指南役へと頭を下げ、剣を構えた。
相手に気取られてはならない。
心を殺せ。
目の前の相手に意識を集中しろ。
私は、誰だ。

ガキィッ
 
「ぐ、」
 
最初の一撃に、思わず呻き声が漏れるが、なんとか弾き返す。
いつもの通りではあるその重さに、それでも最近は慣れた方だと思っている。
もっと昔、拾われたばかりの頃は酷かった。
もとより戦うことなどなく育ったアキにとって、組織に拾われアキヅキと名をつけられ、指導を受けるようになった最中、本当に死を覚悟したことが何度となくある。
それでも死なずに2年の月日が経ち、今もまたこうして指導を受けている。
昔と今の環境の違いを嘆くには、今の現状が酷すぎた。

「う、ぐ、くっ・・・」
 
小さく呻きながらも、相手の重たい攻撃をなんとか受け流す。
多少は筋力がつき、速さに目が慣れたとはいえ、やはり未成熟な身体ではあっという間にもたなくなった。
ちくしょう、なんて内心でも思えるようになるには、2年の月日が必要だった。
それだけでも、アキは自分が組織に、ひいてはこの世界に慣れた証だと思っている。

ガッキーン!

「っ!!」

ひゅう、と灰から空気が抜けた。
アキは壁に叩きつけられ、そこから気絶してしまった
ばしゃり、容赦なく水を全身にぶっ掛けられ、ようやく意識が回復する。
ぶるぶると頭を振り水滴をいくらか飛ばすと、がんがんと頭に響く痛みに耐え、周りを見回した。
気絶したくらいでは『指導』が終わることはない。
こうして強制的に目を覚まさせられ、また列へと戻る。
日が暮れ、へとへとになり立てなくなるまで、これは続くのだ。
 
あるいは・・・命を落としてしまうまで。

アキは反吐が出そうだ、などと思いながら、再び自分の順番を待った。
まるでそれは、死に挑むかのような錯覚をアキに覚えさせた。
きつく自身の得物を握り、唇をかむ。
 

絶対死んでなどやるものか、とアキはうんざりしながらも固く誓った。







既に遠く過ぎ去った過去の記憶が、アキの脳内を嬲る。
思い出したくない、けれど忘れたくもない、そんな忌まわしい記憶が。
昔とは比べ物にならないほど平和になった今を疎む気持ちなどありはしない。
けれど、少しだけ懐かしさを覚えてしまうのは何故かわからなかった。

「アキ」

仲間に呼ばれ、寝転がっていた体勢から起き上がる。

「今行くよ」

そう返事をして、空を見上げた。
透き通るほどの快晴さに、何故か泣きそうになった。
半ば済し崩しのように、ロイら孤児達と暮らすようになった。
ゲームをやっていたときに出てきたロイ、フェイロン・フェイレン兄妹、その他数名。
メイン3人は主人公軍に加入していたから、よくわかった。
他の子供達の中には、あの盗賊騒ぎのときに参加する者も居るのだろう。
自分の知っている未来に結び付けて考えていくのは、不謹慎だと分かっていても、楽しかった。
こればかりは昔からの性分なので、すぐには変えられようもないが。

「ロイ」

「ん?あぁ、ありがとな」

買出しに出かける途中から考えに耽っていたアキは、アジトに帰り着いてもまだ考え事をしながら、食料をロイに渡した。
食料費などの生活費は、スリや盗みなどで賄っていた。
とはいえ、いつでも成功するでもなく、成功したとしても額はそう多くない。
そうした稼ぎのみでは、こうして買出しにいけるのも稀だったので、基本はアキが街の外でモンスターを倒したり、誰かの用心棒や小間使いなどをして稼いだものが資本だった。
孤児達の中で群を抜いてアキが自立していたとしても、おかしくない。
何しろ、元幽世の門で暗殺者として育成され、おまけに精神的にも普通の子供ではない。
身に培ってきた経験は、確かにアキやロイ達を生かす力となっていた。

「アキ、どうした?」

自然と難しい顔をしていたのか。
考え事をしているアキに気づいたロイが、問いかけてくる。

「なんでもない」

「・・・冷てぇな、話せよ」

「・・・・」

ロイが不機嫌そうな顔をして、尚も話の先を強請る。
アキはその顔に何故か微笑ましくなりながらも、内心ため息を吐いた。
元々性分だったのと、到底仲間とは言えぬ敵ばかりと暮らした幽世の門での数年も手伝って、アキは周りに心情を吐露しない性格になっていた。
それがロイには不満なのだ。
きっと、彼らの中では、悩みも全て話し合うことが基本なのだろう。
それが結果的に自分達の身を滅ぼさない必要条件にもなることは、アキにも分かっていた。

「・・・・・次、何の仕事をしようかと思っていただけよ」

「あぁ・・・」

そう切り返せば、ロイが僅かに申し訳なさそうに顔を歪めた。
彼にも当然わかっている。
アキが居なければ、生活は立ち行かない。
負担が圧し掛かっているのを見ても、まだ力ない彼には何も出来ないのだ。

「ロイ」

「・・わかってる。よろしくな」

一言、彼の名を呼べば、返事が不承不承ながらも返ってくる。
言葉とは裏腹な表情を浮かべる彼に、まだまだ甘いと苦笑をしつつ、荷物を整理し始めた。
アキの言葉に悔しそうな表情を浮かべた彼には、以前その考えを改めるようにと言ったことがあった。
自分の素性を、彼らには話さない。
その代わり、自分に力があるのだから、それを使って稼ぐのは当たり前なのだ。
例えそのせいで自分に負担が圧し掛かってきても、それは仕方がないことなのだ、と。
大人に匹敵する力や考え方・知恵などは、ロイ達が手に入れたいと思っても、無理だとしか言えない。
もし彼らがアキと同じような経験をしていたとしても。
アキと同じようには、決してなれないとわかっているから。

「じゃ、仕事行ってくるから」

「行ってらっしゃい、アキ!」

「お土産頼んだよー!」


出かける仕度をして、仲間に声をかける。
フェイロン、フェイレンのから始まり、みんなが返事をしてくれる中、背を向けて扉を抜けた。
ただ1人、ロイが無言のままだと知りながら。
フェリドとリオンの2人と別れたあの夜から一睡もせず
ふらふらと足元も覚束ない様子で、それでも休みなく歩き続け
やがて夜が明け、また日が沈み、それを2度繰り返した頃、たどり着いたのは
バロウズ家が領主を務める、レインウォールだった

鍛えてきたとはいえ、そろそろ歩き続けるのも限界で
飲まず食わずで居るのも、シャワーをずっと浴びていないことにも耐えがたく
そんな自分に辟易しながら、近くの街に入ったのだ
それがレインウォールだったと気づいたのは宿に入って、身支度を整え
ご飯を胃に入れて一息吐いてから
つまり、正気に返ったところでようやく自分の居るところを把握した


「・・・・・レインウォール、か」

まだ、壊れることなど予想も出来ない、バロウズのお膝元として隆盛を誇る街。
老若男女、ほぼ全ての人口が、バロウズに染まる腐った街だと記憶していた。
心あるものは、ほんの一握り。
金に汚く、狡猾で、愚かな人々。
けれどとても、人間臭い街。
普通に利害関係なく、旅人として通過するだけなら、問題のないところではあった。
アキは道中倒したモンスター達から金銭を得て、それで衣服を調達していた。
レインウォールの女性が切るような、ふわりとした女性らしい格好は必要ない。
いつ何時、何があっても対応出来そうな、軽めで丈夫な服を。
得物は、幽世の門を出てからずっと携えてきた普通よりは幾分か細身のクレイモアがあった。
人を殺すことを厭うていても、結局は得物なしで生き残れる世界ではない。
生きたいと願っていたわけではない、とは思いつつも。
何故か、手放す気にはなれなかった。
服装を変え、長く伸びていた髪を切り、クレイモアを布で巻いて背に負い、宿を出た。
幼い身でその背にあるものを見た宿の店主が首を傾げたが、無事に出ることが出来た。
ここにはもう用はない。
なるべく早く、次の街へ行こうと思っていた。

「おいっ」

「・・・?」

振り向けば、自分と大差ないくらいの、小さな子供。
栗色の髪で顔半分隠れている少年が1人と、小柄な女の子、大きめな男の子。
見るからに、飢えていますと目が語っていた。

「それ、寄越せ!」

アキの手には、先ほど買い求めたパンが。
つい多く買ってしまったのだが、腹が空いていなかったけれど、食べずに残すのは性分ではなく。
行儀悪くも歩きながら食べていたところに、この少年達が声をかけてきたのだ。
先頭の少年の手には、小さなナイフが。
ぱちくりと瞬きを数度繰り返し、ようやく事態を把握する。
そうか、この裕福な街にも、やはりこういった子達は生まれるのか、と。

「はい、どうぞ」

「・・っい、」

す、と戸惑うことなく差し出せば、少年がたじろぐ。

「い?」

「・・・・・・いいのか?」

きょとん、と首を傾げ、言葉の続きを待つ。
少年は少し間を置くと、悔しそうにそう問うてきた。
後ろの女の子も眼光は鋭く、けれどおどおどして、男の子も心配そうに顔を歪めている。
その様子で、全て合点がいった。

「いいよ、どうぞ」

変わらぬ調子でそういって、手に抱えていた袋を全部差し出せば、あっという間に奪われた。
そうしてさっと身を翻すと、彼らは裏の路地へと消えていった。
アキは寸の間あっけにとられるも、一つため息を吐き階段の途中に腰をかけた。
彼らは、親や保護者の見当たらないアキだから、目をつけたのだろう。
宿から出た辺りで、なんとなく誰かついてきているとわかってはいた。
もしかしたら、今まで、大人にも試したのかもしれない。
そうしてきっと邪険にされ、実際上手くいくことも少なかったんだろう。
彼らは見る間に痩せていく。
だから、本当に切羽詰っていたのだ。
自分と同じ年くらいのアキに、刃物を向けるほど。

「・・・・・・・ふぅ」

一つ、またため息を吐く。
気分が重くなっていくのを、止める術はなかった。
アキが知っている未来はまだまだ先のこと。
けれど、今も問題は山済みなのだ。
大きな問題に隠されて、目に見えない小さな問題が、随所にある。
これもその一つだということは、よくわかった。

「・・・・あー、もー・・・」

力なく呻き、両手で顔を覆う。
どれだけ思い悩んだところで、アキに出来ることはない。
スリをして生きねばならない幼子は、彼らだけじゃない。
わかっている、それは重々わかっている、けれど。
どうしても、やりきれないのは。

「・・私ほんとは21になるんだよねー・・・あのままだったら」

16で世界を移動し、5年の歳月を経て、心は既に成人だ。
たとえ見てくれが10歳の少女であろうとも。
だからなのかはわからない。
彼らをどうにか助けてやれないだろうか、と思うのは。
けれどそれはただ同情してるだけなのだということも、実はわかっていた。
同情で彼らを救うことは出来ない。
わかっていて、それに納得出来ない自分が居ることもわかっていて。
まだまだ大人にはなれないのだなぁと思った。

「・・・・・おい、」

「・・・んんー・・・」

「・・おいっ」

「・・・・・ん?」

目を瞑り、間抜けな声で唸るアキは、元幽世の門だと誰がわかるだろう。
自分の世界に入っていたアキを呼ぶ声にようやく気づき、そちらへ目をやった。
建物の影から先ほどの子供がこちらを見て、ひそひそ声でアキを呼んでいた。
くり、と小首を傾げると、アキは恐れる様子もなく物影へと近づいた。

「何か御用?」

「・・・ついて来い」

まだ警戒する様子を見せる子供に、内心苦笑しつつ、黙って後に続く。
しばらく歩くと、彼らのアジトと思われる小さな廃屋へとたどり着いた。
静かに軋む戸を開けると、中には先に見た2人の子供と他数人。
いずれもぎらぎらと目を光らせて、ひもじさを隠そうともしなかった。

「・・・・・私、あなた達が望んでいるような家の子ではないよ?」

ぽつり、静かに問いかけるのは、言外に「金はない」と言っていた。
リーダー格らしいアキを案内してきた少年が、寸の間黙り、口を開く。

「・・・食い物、もうないのか」

「お腹空いてるの?
 さっき、パンあげたじゃない」

「・・・見りゃぁわかんだろ。
 あれっぽっちじゃ足らんねぇよ」

「私も、手持ちは少ないのだけど」

「・・・・・・・」

この少年も、悪い子ではないのだ。
それは、わかる。
けれど背に腹は変えられない。
彼はみんなのリーダーなのだ。
皆を飢えさせるのなら、他人を犠牲にするほうが容易い。
アキは今日何度目かのため息をまた一つ吐き、くるりと踵を返した。

「おいっ・・まっ」

「逃げないよ。
 ちょっと待ってなさい」

慌てる少年を尻目に、一言言い置いて扉を抜けた。
仕方ないなぁ、なんて思いながら、歩いてきた道を逆に辿る。
自分は既に腹は満たされている。
お金も、今後を考えればあるに越したことはないけれど。

「あんな目で見られたらさぁ、見捨てられるわけないじゃんねぇ」

独り言を呟きつつ、歩を進める。
所詮アキもまた人の子であり、自分を捨てきることは出来ないのだ。
ならば、思うが侭に生きたとて罰は当たらない。
今はそう思いたかった。



アキはなけなしの金で食料をありったけ買い込み、また彼らのアジトへと戻った。
小屋に入り、食料を粗末なテーブルに置いた途端子供達が群がり、アキは慌てて避難せざるを得なかった。
彼らが落ち着くまでアキは壁に背をつけて見守った。
暫し後、ようやく落ち着いたのか、リーダー格の少年がアキの元へやってきた。

「・・・・悪かった」

「その謝罪は、刃物を向けたこと?
 なけなしのお金を結果的に奪ってしまったこと?」

たんたんと問いかけるアキに、少年がぐっとあごを引く。
僅かに傷ついている目をしていることに気づいても、アキはただ少年の返事を待った。

「・・・両方だ。
 それと、ありがとな」

「はい、どういたしまして」

少年が感謝の意を伝えると、後ろの子供達もおずおずとアキの様子を伺う。
アキはにこりと笑うと、立ち上がり小屋を出て行こうとした。

「おいっ」

「何?まだ何か用?」

「・・・これから、何処に行くんだ?」

「さぁ?何処かは決めてないけど」

「なら、俺達と一緒にいないか?」

「・・・・別にいいけど・・・。
 お互い名前も知らないのよね」

困ったように笑えば、少年が初めて笑顔になった。
少年らしい年相応の顔を見て、アキは少し心が軽くなるのを感じた。

「俺はロイだ!」

「あ、あたしはフェイレン!」

「ぼくはフェイロンだよ、よろしくね」

メインらしい3人の自己紹介を聞き、内心で酷く驚愕するも、アキもまた笑顔で応えた。

「私、アキ」


これからの生活を想像するのは、難くなかった。
けれど、僅かでも希望があると思えたのは、アキが未来を知っていたからだと思った。
次の暗殺の仕事が来る前に、幽世の門は解体された
暗殺実行部門の長であり総帥だったタケフツは、暗殺者養成部門のカヤヌと逃亡
破壊工作部門長ヒノヤギは抵抗・抗争の後に自決
薬物開発部門長シラナミは消息不明
残りの諜報部門長シナツは解体に協力した後、数名の子供を連れ姿を消した
心あるものは1人、また1人と旅立って行き、1人で生きる術を知らない者たちは残った
彼らがまた後に利用されるであろうことを知っているアキは、1人森の中にいた


暗い夜、月だけが側に居てくれた。
あそこに居残って、ゴドウィンに利用されるのはまっぴらごめんだった。
だからと言って行く宛なんかなくて、ただ何も考えず歩いてきた。
ついた先は深い森で、わけもなく安心した。
何故か、ここならもう怖いことはないのだと思ったから。
かさりとも草葉の音を立てずに歩くのは、既に身に染み付いた暗殺の習性だ。
それを悲しいとも虚しいとも思わず、ただ静かに、闇に溶ける様歩く。
このまま世界が終わってしまえばいいとも思った。
一度とはいえ、既にこの手は人を殺してしまっている。
それも、あのバロウズ家の一子。
誰が殺したかなんて相手は知りもしないだろうが、それでも生きにくかろうと思った。

「・・・どこへ行こう・・・?」

ぽつりと呟いて、その数瞬後、前方に人の気配があることに気づく。
どうやら2人居るらしいが、何故かそちらへ行ってみたくなった。
敵か味方かなんてわからない。
我ながら、何故そう思ったのかすら理解できなかった。

「・・・、」

木立の深い森の中で、淡い月の光に照らされ、人影が浮かび上がる。
大人の男と、小さな少女がまるで親子のように抱き合っている。
その場面を遠くから眺め、ふとあるシーンが頭の中に浮かんできた。

「あぁ、あの子・・・」

暗い暗い瞳をした、あの幼い少女が、後のリオンか。
そして包み込むように抱きしめているのが、アルシュタート女王夫君、フェリド。
幽世の門を解体し、国を立て直しす立役者だ。
すぅ、と胸が冷たくなるような感覚を覚える。
今更ながらに、ここはゲームの中の世界なんだと思い知らされた気分だった。
オープニングの2人のシーンが、まざまざと思い出せる。
今思い出したところで、苦痛でしかないというのに。

「・・・っ?」

ふ、と顔を上げたフェリドが、こちらを向いた。
目があった瞬間、ぱちくりと瞬きをする。
腕の中にいたリオンもこちらを向き、同じ仕種をした。
寸の間、沈黙が辺りを支配する。

「・・・・・・・・・」

アキはただ何も喋ることはなく、その場で踵を返した。
フェリドが何か言いたそうだったけれど、それは関係ないと思うことにする。
何にせよ、もう何もかもと関わりたくなくなっていた。
特に王家や、貴族とは。
まだ幼い身で生きていくのは難しかろうと思ったけれど。
それでも、今は独りでありたかった。

誰かと関わるごとに、苦しい想いをする

なればいっそ、独りで生きていけばいい




その夜、ソルファレナから1人の少女が消えていたことに気づいたのは、誰もいなかった。
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