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普通なら気味悪がられるはずの、紫の瞳が密かな自慢だった。



 紫檀の行末



彼女を良く知らず、遠巻きに眺めるだけの人たちは口さがない噂を立てる。
けれど、いざ近くで瞳を見たときの、思わずといった様に息を呑む姿を見るのが好きだった。
以前は気味悪がっていたはずの人たちが、次の瞬間から、紫の瞳を誉めそやす。
その豹変振りに内心呆れながらも、素直にその賛美は心地よかった。
周りはこの瞳の持つ本当の理由を知らない。
けれど、賛美と噂に囲まれて生きる中、必ず聞く言葉があった。

「あの眼は、悪魔の子だからなんだって」

紫は堕天を表すという。
たった一度、悪魔と契った母親が、子を身篭った。
医者に産めないと言われても、母親は頑として堕胎しようとはしなかった。
が、結局産みの苦しみに耐え切れず、彼女を産み落とした瞬間に母親は死んだ。
母親が苦しみあがいた末に死んだのは、悪魔の子を産んだからだ。

口さがない人々は、そうして心無い噂を立て続けていた。
彼女自身、その話は物心ついた頃から聞かされて育った。
母親は、彼女を産む代わりに自分の命を悪魔に渡したのだ。
そういう人も中にはいた。
そして、美しい父親譲りの紫の瞳は、悪魔の目故見た者を魅了するのだ、と。
彼女の瞳の妖しい美しさは、その噂を払拭出来ない輝きを持っていた。
育つにつれ膨らむその噂を、あえて放っておいたが故に、それが消えることは終になかった。
彼女は、16になった満月の夜に、街から姿を消した。



「ととさま、おでかけですか?」

「・・・あぁ」

「行ってらっしゃいませ、お気をつけて」

にこり、穏やかに微笑む少女に無言で頷き返し、音も立てず館を出る。
背に隠した漆黒の羽を広げ、またいつものように空へと飛び立った。
こちらの世界に来てから、歩むことの出来ぬほど弱まった娘に、今宵の獲物を与える為に。



ぱたん、軽やかな音を立ててしまった扉を見つめ、一つため息をついた。
四六時中居なければならないベッドを、恨みがましく軽く叩く。
こちらへ来た途端、動かなくなったこの身が口惜しかった。
幼い頃から恋焦がれた父親を悲しませるためにここに来たわけではない。

「せめて、この脚が動けば・・・」

随分長く歩むことのなかった己の脚は、もう哀れなほどに細い。
動く必要がない筋肉がやせ衰えた様はまるで骨と皮だけに見える。
滑稽なほどにやせ衰えた両の足を見て、千夜はまた一つため息を吐いた。
人として16年生まれ育った街を出たのは、もう記憶に遠くなりつつある。
あの夜、父親を名乗る悪魔が迎えに来たのは、千夜にとってそれほど不思議なことではなかった。
幼い頃から囁かれ続けてきた、あの噂。
悪魔と人から生れ落ちたという自身の噂は、本当だった。
本当だということを知らなくても、千夜には何故かその事実がすんなり納得できた。
会った瞬間に不思議と絆を感じたからだ。
父親は生粋の悪魔であり、地獄でもそれなりの地位にいるという。
既に亡くなった母親を愛してしまったおかげで、今でも形を潜めてはいるが、影響力に変わりはない。
千夜を地獄に連れて来たことで多少批難されたようだが、それでも今まで無事なままでいる。
本来人とのハーフである千夜が地獄で何事もなく生きていられるのは、父親の力故だった。
その父親に連れて来られたとは言え、ここへ来たのは千夜の意志だった。
けれど、地獄に来てから、千夜はどんどん弱っていった。
手足の力が抜け、日々、生命力が零れていく。
死なないためには、他から命を狩りとって、それを与えるしか手立てがなかった。
父親は千夜を死なせない為に、毎夜他の命を狩りに出て行く。
こんな状況になって、父親に手間をかけさせてしまうのが、何よりも悔しかった。

「この手さえ、動いてくれたら・・・」

力なく呟く声からも、苦しさが漂う。
父親に対する間は普段通り、少なくとも弱っていないように見せかけている。
それでも千夜からは、命が無情なほど規則的に零れ出て行く。
その原因を父親はわからず、賢者と呼ばれる者に診てもらってもわからなかった。
ただ、底の欠けた器から水が零れるように、千夜から命は零れ落ちてゆく。
止める手立ては、未だ探し出せていなかった。

「かかさま・・・・あなたは、死ぬことを恐れてはおりませなんだか・・?」

悪魔との子を宿したとき、母親は医者に堕胎を勧められている。
もともと体の丈夫でなかった母親に、難産になると解りきったお産は無理だと判断されたのだ。
そもそも父親を知るのは母親のみだったが、生まれるのは悪魔の子。
それが周囲にばれたら、これから生きていくのも容易くはないと、産む前から判断は出来ていたはず。
それでも、母は千夜を産んだ。
その命と引き換えにして。

「わたくしは、恐ろしい・・・もうこれ以上、ととさまを独りにはしたくない・・・」

涙を拭くための力も、既にない。
母親がせっかく産んでくれたこの命が、今まさに終を迎えようとしている。
狩りから帰った父親が見るのは、無残な骸なのだ。
そう思うと、喉から泣き声がせり上がってきた。

「死にたくない・・・何故、生きていられぬのでしょう・・?」

自分を愛してくれる父親を、独り遺してゆくのが耐えられない。
これから先、また永い時間独りで過ごさねばならない父を思うと胸が張り裂けてしまいそうだった。
自分でも命が零れてゆくのを止められない。
ならば、どうしたらよいのか。
ここは地獄、命の行き着く先のはずなのに。
美しい紫の瞳が、涙で滲む。
父親譲りのその瞳を憂うことなど、今まで一度もなかった。
かつて現世で生きていた頃、育ててくれた人は優しかったが、両親が居ない事が淋しかった。
けれど、鏡に映してこの瞳を見れば、寂しいと思う気持ちも消えた。
涙を拭くために、もはや力の入らなくなった腕を必死で動かして、顔の上まで持ち上げる。
瞳に手を翳し、ふと、手に当たる何かに気づいた。
実体はない、けれど微かに感じる、何か。

「・・・・・この、眼が・・・・命の出口?」

悪魔は、その瞳で他の命を奪う。
父親である悪魔からその名とはまた別に、最初に教えられた言葉だった。
獲物を両の目で見つめると、そこから相手の命を吸い出してしまうことが可能だ、と。
聞かされた当初は、自分達が持つ瞳の能力を知って驚くだけだったのに。
千夜は悪魔と人とのハーフだが、受け継いだのは瞳の引力のみ。
瞳以外は人であるが故に、力を制御出来ず、代わりに自分の命を零す羽目になったのだろうと推測する。

「瞳を潰せば、命は・・・・・・・・・あぁ、ととさま・・お許しください」

瞳が命を零す出口だというのは、仮定に過ぎない。
それでも千夜に出来るのは、今しかなかった。
父親は夜明けにならないと戻ってはこない。
それまで生きていられないことは、自身が一番良く理解していた。
覚悟を決めて、今は居ない父親へ謝罪の言葉を口にする。
きっとここに居れば、誰よりも反対していただろう。
それでも千夜は生きて居たかった。
自分よりも誰よりも、ただ父親のためだけに。
ずるり、ベッドから這いずるように抜け出す。
近くにある凶器は、サイドテーブルの小さなナイフだけだ。
それでも瞳を潰すには十分だった。
ふらふらと頼りなく揺れる腕を必死で手繰り、小さなナイフを両手で握る。
最後に、父親の顔をもっと見て居たかったと僅かに思った。


「・・・・・・千夜!!」

館に帰ってすぐ、空中に僅かながら血臭が漂っていることに気づき、血の気が引く。
大事な娘の他に思い当たる節がなかった為、部屋へ一目散に向った。
扉を開け、眼に入ったのは床に血溜まりを作り倒れ伏す己が娘の姿だった。

「千夜!千夜!!」

慌てて抱き起こし、何度も名を叫ぶ。
顔は血で真っ赤に汚れ、どんな状態になっているのかもわからなかった。
すぐさま手当てをすべく顔についた血を拭うと、千夜がぴくりと反応した。

「とと、さま・・・・?」

「あぁ、私だ・・!何故このような・・・っ」

力なく呟く千夜に、震える声で応える。
千夜は誰が自分を抱えているかを知ると、嬉しげに微笑んだ。

「おかえり・・なさいませ・・」

その言葉に、ぐっと言葉を呑む。
言いたいことはあったけれど、こんなときでも健気な娘に、気持ちが溢れて言葉にならない。
必死で深呼吸をして、冷静になるよう心を抑える。

「あぁ、ただいま・・・だが、千夜、何があったんだ?」

搾り出すような父の声に、千夜が夢現を彷徨うまま答える。
その瞳は、二度と開かれぬことを、父に告げるために。

「ととさま、わたくしの命は、わたくしが自分で零していたのでございます・・」

「・・どういう、ことだ・・?」

「この瞳が・・・わたくしの命の零れ落ちる出口だと気づきました・・。
 故に、この手で潰したのでございます・・・」

苦しげに告げる言葉の一つ一つに、衝撃を受けた。
考えればわからないことではない。
何故思いつかなかったかと、己を呪いたくなった。
今の千夜に、命が零れ落ちる様は見受けられない。
千夜の仮説は、正しかった。
命を得る代わりに、千夜は永遠に暗闇の中で生きねばならなくなった。

「せっかく・・ととさまの瞳を受け継いだのに・・・申し訳ございません」

瞑ったまぶたから、未だ血は止まらず涙のように零れ落ちる。
命の代わりに血が流れていくのに、千夜はただ瞳を喪ってしまったことを悲しんでいた。
ごめんなさい、と小さな声で呟く千夜を抱きしめ、父である悪魔は初めて涙を零した。
零れ落ちる涙は千夜の血と混じり、床へと流れていった。



それから、瞳を喪った娘と紫の目を持つ父親は、娘の命が終得るそのときまで、仲睦まじく暮らした。
世界を見ることが出来なくても、娘は後悔する様を見せることはなく。
父の側で、亡くなる寸前まで、穏やかに微笑んでいたという。
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