呟きたいときくるところ
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いつだって、為政者というものは勝手気まま
自分より力のない者がどう思おうと、どうでもよいものだ
「ちょっ何!ここどこっ」
起きた瞬間に異変に気づいた自分に、内心で拍手を送る。
いつもなら目が覚めてすぐでも、なかなか頭が働かなかったりするのに。
いや、そうではない、それは今かなりどうでもいい。
問題なのは、今咲が居る部屋がなんだか牢獄に見える、ということだ。
テレビの時代劇か何かで見たものとよく似ている。
が、当然そんな所に容れられるようなことをしでかした覚えはない。
「何で牢屋なのっ・・・さ、佐助ー!幸さん!」
格子を引っつかみ、外を凝視する。
掴んでいる格子がやたら分厚い木だということにいらっときた。
待て、何をしたんだ私。
いや何もしてない、昨日もいつものように寝た、はず。
ていうかここ、本当にどこだ!
「わっからーん!ここどこっ!私が一体何をしたぁっ」
「ここは稲葉山城で、君は所謂人質というやつだね」
「はあぁっ!?」
独り言だったはずが返事を返した人が居て、咄嗟に奇声をあげてしまった。
何がどうして稲葉山まで来てしかも私が人質?
返事をした主を確認する前に叫んでしまったため、しばし主を捜す破目になった。
ふと、暗がりに立つ一人の男を見咎め、無意識に睨みつける。
何だか無性に腹が立って仕方がなかった。
今思えば大分自分の立場がわかってなさすぎた。
「何で私が人質なの。
ていうかあんたは一体誰」
「僕は竹中半兵衛、豊臣の軍師だ。
今度君達のところと戦をすることになってね、どうせなら弱みでも握ろうと探ってたんだ。
そうして見つけたのが、君」
「はぁ?私達って・・・武田?
戦するって、豊臣とだったの・・で、私に目をつけた・・はぁあ・・。
私なんて武田の娘でもなし、何の力もないのに、人質の意味ないですけど?」
ついつい、呆れてしまった(ついでにため息もこれ見よがしに吐いてみた)
武田に血のつながりがあるでもない、ただの平民以下の娘に、人質の価値があるわけない。
豊臣の軍師・竹中半兵衛といえば頭のキレるやり手と聞いたが、案外抜けているのだろうか。
「武田信玄がある日女童を拾い、城に置いている・・それも何の繋がりもない子を。
軍師としての才もある信玄がしたことなら、何か意味があるのではないか?
・・・随分前から、そういう噂があったりするんだよ。
だから僕としても、彼がそうした理由を知りたくなってね。
人質の価値があるならそれもよし、なければ殺すのみ、だ」
「真顔で恐ろしいこと言いなさる・・・。
つーかめのわらわって、私子供扱い?
一応16歳ですけど?いい大人じゃね?
で、私には囲っていても何の利点もないからね。
人質の価値ない私は殺されるの決定ですか?」
もー、いやになるなこんちくしょう
項垂れるついでに勢い余って格子に頭をぶつける。
ごん、ていった・・・むしろもっとぶつけてやろうか奇人のまねでもしちゃろうか、とも思ったが。
そうなればなったできっと興味も薄れ、即殺されてしまうのは確実に思えたのでやめた。
どちらにせよ、長くはないだろうけれど。
「信玄公に言ったって無駄よ、私に価値なんてないもの。
親切心で拾ってついでに居候させてくれただけ。
ついでにいうけど私は軍の機密や何かは知らないよ。
叩こうが脅そうが何も出てこないからね」
未だ暗がりに立つ半兵衛を真っ直ぐに見て、いう。
嘘偽りなどない、本当のこと。
けれど言っていてなんだか切なくなってきた。
本当に何の役にも立たないお荷物だったなぁ、ということを実感して。
半兵衛は暫く黙っていたけれど、おもむろに明かりのあるほうへ出てきて、格子に近寄ってきた。
不意を衝かれて、後ろに後ずさる。
半兵衛はにぃ、と不敵に笑うと、咲に告げた。
「・・・・口の達者なお嬢さんだ。
ま、全ては甲斐の虎がどう出るかによって変わるだろう。
なんだか面白いから、君はその間、客人として対応しよう。
それにここは汚いからね」
「・・・・はぁ」
だったら何でここに容れたんだこのやろう、という言葉は勿論飲み込んだ。
ただ、佐助や幸さん、信玄公にまた迷惑をかけてしまったらしい、ということが重く胸に沈んだ。
自分より力のない者がどう思おうと、どうでもよいものだ
「ちょっ何!ここどこっ」
起きた瞬間に異変に気づいた自分に、内心で拍手を送る。
いつもなら目が覚めてすぐでも、なかなか頭が働かなかったりするのに。
いや、そうではない、それは今かなりどうでもいい。
問題なのは、今咲が居る部屋がなんだか牢獄に見える、ということだ。
テレビの時代劇か何かで見たものとよく似ている。
が、当然そんな所に容れられるようなことをしでかした覚えはない。
「何で牢屋なのっ・・・さ、佐助ー!幸さん!」
格子を引っつかみ、外を凝視する。
掴んでいる格子がやたら分厚い木だということにいらっときた。
待て、何をしたんだ私。
いや何もしてない、昨日もいつものように寝た、はず。
ていうかここ、本当にどこだ!
「わっからーん!ここどこっ!私が一体何をしたぁっ」
「ここは稲葉山城で、君は所謂人質というやつだね」
「はあぁっ!?」
独り言だったはずが返事を返した人が居て、咄嗟に奇声をあげてしまった。
何がどうして稲葉山まで来てしかも私が人質?
返事をした主を確認する前に叫んでしまったため、しばし主を捜す破目になった。
ふと、暗がりに立つ一人の男を見咎め、無意識に睨みつける。
何だか無性に腹が立って仕方がなかった。
今思えば大分自分の立場がわかってなさすぎた。
「何で私が人質なの。
ていうかあんたは一体誰」
「僕は竹中半兵衛、豊臣の軍師だ。
今度君達のところと戦をすることになってね、どうせなら弱みでも握ろうと探ってたんだ。
そうして見つけたのが、君」
「はぁ?私達って・・・武田?
戦するって、豊臣とだったの・・で、私に目をつけた・・はぁあ・・。
私なんて武田の娘でもなし、何の力もないのに、人質の意味ないですけど?」
ついつい、呆れてしまった(ついでにため息もこれ見よがしに吐いてみた)
武田に血のつながりがあるでもない、ただの平民以下の娘に、人質の価値があるわけない。
豊臣の軍師・竹中半兵衛といえば頭のキレるやり手と聞いたが、案外抜けているのだろうか。
「武田信玄がある日女童を拾い、城に置いている・・それも何の繋がりもない子を。
軍師としての才もある信玄がしたことなら、何か意味があるのではないか?
・・・随分前から、そういう噂があったりするんだよ。
だから僕としても、彼がそうした理由を知りたくなってね。
人質の価値があるならそれもよし、なければ殺すのみ、だ」
「真顔で恐ろしいこと言いなさる・・・。
つーかめのわらわって、私子供扱い?
一応16歳ですけど?いい大人じゃね?
で、私には囲っていても何の利点もないからね。
人質の価値ない私は殺されるの決定ですか?」
もー、いやになるなこんちくしょう
項垂れるついでに勢い余って格子に頭をぶつける。
ごん、ていった・・・むしろもっとぶつけてやろうか奇人のまねでもしちゃろうか、とも思ったが。
そうなればなったできっと興味も薄れ、即殺されてしまうのは確実に思えたのでやめた。
どちらにせよ、長くはないだろうけれど。
「信玄公に言ったって無駄よ、私に価値なんてないもの。
親切心で拾ってついでに居候させてくれただけ。
ついでにいうけど私は軍の機密や何かは知らないよ。
叩こうが脅そうが何も出てこないからね」
未だ暗がりに立つ半兵衛を真っ直ぐに見て、いう。
嘘偽りなどない、本当のこと。
けれど言っていてなんだか切なくなってきた。
本当に何の役にも立たないお荷物だったなぁ、ということを実感して。
半兵衛は暫く黙っていたけれど、おもむろに明かりのあるほうへ出てきて、格子に近寄ってきた。
不意を衝かれて、後ろに後ずさる。
半兵衛はにぃ、と不敵に笑うと、咲に告げた。
「・・・・口の達者なお嬢さんだ。
ま、全ては甲斐の虎がどう出るかによって変わるだろう。
なんだか面白いから、君はその間、客人として対応しよう。
それにここは汚いからね」
「・・・・はぁ」
だったら何でここに容れたんだこのやろう、という言葉は勿論飲み込んだ。
ただ、佐助や幸さん、信玄公にまた迷惑をかけてしまったらしい、ということが重く胸に沈んだ。
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着々と、戦火は広がりやがてそれは咲の下へも
それに気づく間もなく、巻き込まれるなんて
「え、戦?」
「そうでござる。佐助は既に任務で発った」
「さっき呼ばれたのは、その為?」
「勿論でござる」
「幸さん、どっか行っちゃうの?お館様も?佐助も?」
「将が城に居座って戦をしようなどと、言語道断!
勿論、某も佐助もお館様も戦に行くでござる」
「そう、じゃぁその間私一人かぁ・・・」
「えっ・・・」
信玄の部屋に呼ばれた理由を聞きに、歩いていた幸村を捕まえた。
幸村によれば、既に佐助は情報収集の為、発ったという。
戦と聞いて、なんだか落ち込んだ。
今までは平和だったけれど、やはりここは戦国時代。
戦をせずに過ごせると思うのは甘かった。
「ひ、一人ではないでござろう!城の皆は残る」
3人が城を留守にすると聞いてショボンとした咲を見て、幸村が慌てる。
この男はつくづく女に免疫ないんだなぁとちらりと思った。
「ん、いい子で留守番してます。だから無事に勝って皆で帰って来てね」
まっすぐに幸村を見上げ、願う。
誰か一人でも、ただの一兵卒だとて欠けるのは嫌だ。
けれど流石にそんな勝ち戦というのはなかなかないことだから、せめて。
出来るだけ多くの者達が帰ってこれるよう、大事な者達を泣かせることのないように、と。
「うむ、心得た!」
笑って答える幸村の、自信ありげな顔を見て、内心でほっと息を吐く。
確証はないそれだけれど、それでも何か形で安心させて欲しかった。
幸村のその言葉と顔で、何だか信じられるような気がした。
「行ってらっしゃい」
だから咲もにこりと笑み、見送ることにした。
彼らを出陣前から不安にさせるのでは、本末転倒。
残る自分達こそ、しっかりしなければ。
信じることから全ては始まっていく、そう思うことにした。
けれど、その願いも束の間。
咲は、幸村達の出陣前夜に、攫われた。
相手は敵軍お抱えの、忍。
咲に抵抗することなど出来るわけもなかった。
それに気づく間もなく、巻き込まれるなんて
「え、戦?」
「そうでござる。佐助は既に任務で発った」
「さっき呼ばれたのは、その為?」
「勿論でござる」
「幸さん、どっか行っちゃうの?お館様も?佐助も?」
「将が城に居座って戦をしようなどと、言語道断!
勿論、某も佐助もお館様も戦に行くでござる」
「そう、じゃぁその間私一人かぁ・・・」
「えっ・・・」
信玄の部屋に呼ばれた理由を聞きに、歩いていた幸村を捕まえた。
幸村によれば、既に佐助は情報収集の為、発ったという。
戦と聞いて、なんだか落ち込んだ。
今までは平和だったけれど、やはりここは戦国時代。
戦をせずに過ごせると思うのは甘かった。
「ひ、一人ではないでござろう!城の皆は残る」
3人が城を留守にすると聞いてショボンとした咲を見て、幸村が慌てる。
この男はつくづく女に免疫ないんだなぁとちらりと思った。
「ん、いい子で留守番してます。だから無事に勝って皆で帰って来てね」
まっすぐに幸村を見上げ、願う。
誰か一人でも、ただの一兵卒だとて欠けるのは嫌だ。
けれど流石にそんな勝ち戦というのはなかなかないことだから、せめて。
出来るだけ多くの者達が帰ってこれるよう、大事な者達を泣かせることのないように、と。
「うむ、心得た!」
笑って答える幸村の、自信ありげな顔を見て、内心でほっと息を吐く。
確証はないそれだけれど、それでも何か形で安心させて欲しかった。
幸村のその言葉と顔で、何だか信じられるような気がした。
「行ってらっしゃい」
だから咲もにこりと笑み、見送ることにした。
彼らを出陣前から不安にさせるのでは、本末転倒。
残る自分達こそ、しっかりしなければ。
信じることから全ては始まっていく、そう思うことにした。
けれど、その願いも束の間。
咲は、幸村達の出陣前夜に、攫われた。
相手は敵軍お抱えの、忍。
咲に抵抗することなど出来るわけもなかった。
幸村が呼ばれた理由は、戦だった
時は戦国時代、例に漏れることなく甲斐の虎も動き出す
けれどそんなことは咲にはまだわからなくて
このまま一生が続くのだと無意識に思っていた
「ただいま戻ったでござる」
「たーだいまぁー・・・」
「おかえり、お2人さん。
佐助死にそうね、どうしたの」
歩いて戻ってきた2人を出迎える。
何やら佐助が疲れきっているようなので、不思議に思った。
夏はもう過ぎて、最近では特に過ごしやすいというのに。
「旦那が・・・甘味屋に居たんだけど」
「けど?」
「だんご・・100本注文してて」
「100って作るのも大変な数だよね。なんてはた迷惑な客なの」
「ぬぅ、いつものことだが」
「いつもそんな迷惑かけてるの、幸さん」
「迷惑などっ・・・かけておるのだろうか・・・」
「でも売り上げにはなるよね、いーんじゃないの、怒られてないなら」
「・・そうか」
「で、佐助はどうしてそんなんなってるの?」
「迎えに行った時、ちょうどだんごが出てきたときだったんだよ。
急げって言ったら猛スピードで食べ出して・・見てたら気持ち悪くなった」
「あー、確かに胸焼けしそうな光景ではあるね。
まぁ何でもいいけど、お館様がお待ちだよ」
そういえば、しまった!という顔で2人して走っていった。
きっと幸村がふすまを開け放った瞬間に信玄公に殴り飛ばされたりするんだろう。
師弟の殴り合いの光景は日常茶飯事で、来た当初は驚いたが今ではすっかり慣れてしまった。
むしろそれがないと、すわ病気か?と疑うようにもなった。
2人が行ってしまったあと、咲は呼ばれていないので縁側へと戻った。
独りは慣れている。
「皆良くしてくれるけど、忙しいんだもんね」
仕方のないことだから。
居候させてくれるだけありがたいというものだ。
否、殺されないだけましか。
目を瞑り、空を見上げる。
そう、殺されていないだけでも、咲は運が良いくらいなのに。
一国の主の下で居候、それも何の役目もないただの娘として、なんて。
「夢みたいなもんだよね、本当なら」
私が町娘で、この時代に生まれていたのなら
けれど咲が生まれたのは何百年もあとの、未来。
武田信玄や真田幸村は歴史の人物として学び、彼らの行く末さえ知っている。
そんな中で、咲は城から出ようとしたしたこともあった。
どれだけいい人たちであっても、恵まれていても。
それがもっと先だといえ死んでしまう未来を向かえるのなら、側に居ないほうがいいと思ったから。
共に過ごした人の死を見て平常心で居られるほど、咲は大人にはなれなかった。
「・・・あの時は、佐助が迎えに来てくれたんだっけ」
城を黙って抜け出してしまったから、心配してくれたんだ、と。
本当なら、信玄公に断らなければなかったのに。
お世話になった人で、せっかく城に居てもいいと言ってくれて。
そんな人に、出て行くなんて言うのは心苦しくて。
黙っていくほうが酷いこともわかっていて、けれど言えなかった。
「・・随分怒られたなぁ・・あの佐助がまじな顔しちゃってさ」
ふふ、と思い出し笑いをする。
今なら笑えるけれど、あの時は正直怖かった。
佐助があんなに怒るなんて。
城を出て、街道沿いを歩いていたまでは良かった。
次第に日が暮れて、時は夕暮れを通り越して黄昏になっていて。
あっという間に真っ暗になった。
「誰そ彼、ともいうんだよね・・本当にすれ違う人の顔さえ見えなかった」
街頭なんてない時代、夜の闇に怯えて、ただひたすらに歩いていた。
城下町はとうの昔に出てきてしまったから、戻ることも難しい。
けれど知識としては、夜に出歩くことは危ないということも、ちゃんと知っていて。
知っていたけれど、どうしようもなかった。
行く当ても目的もなく出てきたから。
「・・・で、本当に襲われちゃったんだっけ・・知ってるのになんて馬鹿だったんだろ」
そこで殺されて金品(ないけど)奪われて死ぬ運命だったのに。
殺される、と思った瞬間、死んでいたのは追いはぎのほうだった。
闇夜に月の光を浴びて立つ忍が、やっと本当に殺しもするのだと認めたのは、その時。
城は平和で、咲は護られていた。
「死にたいなら、他所で死んでくれって言ったっけ」
あの忍は真剣に、苦しげに、泣きそうになりながら。
頼むから、死ぬのなら自分の目の届かないところで死んでくれ、といった。
その目を見て、咲の胸が激しく痛んで、無意識に涙が出た。
苦しくて、悲しくて、申し訳なくて。
「んで、無意識に口から出たのは・・ごめんなさいの言葉だった」
それしか言えなかった、ともいえる。
それから泣いて泣いて・・泣き疲れた暁に、佐助が帰ろうといった。
咲は黙って連れて行かれて、城に帰ってからも大変だった。
本当は怒ろうと思ってたらしい幸村は、泣きはらした顔の咲を見て逆に佐助を怒鳴りつけたり。
信玄公はただ黙って咲の頭を撫で、ついでに動転しっぱなしの幸村を殴り飛ばしたり。
佐助は黙って幸村に怒られていたから、更に罪悪感でいっぱいになったり。
咲は色んな思いが溢れて、ついでに涙も溢れて止まらなくて、その日は結局疲れて眠ってしまった。
「それからはもう、この人たち絶対裏切らない、悲しませたりしないって誓ったんだ」
例えばそれで自分の命が危なくなろうと、絶対二度としない、と。
それから信玄や幸村、佐助がいるこの城が、咲の居場所になった。
「覚悟は決めた・・もう迷わない」
彼らが死んでしまうことを、いやだけど受け入れることにした。
人は誰でも死んでしまうものだから、と無理矢理納得させて。
それまで彼らの側に居られるよう、少しずつ侍女たちの真似事を始めた。
まかないを作らせて貰ったり、掃除をしたり。
それは本当に小さなことだけれど、無駄なことではないから。
「このままが続くといーなぁ」
心からそう思った。
それが長く続かないことを、頭のどこかでわかっていながらも。
出来るだけ長く続くことを、ただ願った。
時は戦国時代、例に漏れることなく甲斐の虎も動き出す
けれどそんなことは咲にはまだわからなくて
このまま一生が続くのだと無意識に思っていた
「ただいま戻ったでござる」
「たーだいまぁー・・・」
「おかえり、お2人さん。
佐助死にそうね、どうしたの」
歩いて戻ってきた2人を出迎える。
何やら佐助が疲れきっているようなので、不思議に思った。
夏はもう過ぎて、最近では特に過ごしやすいというのに。
「旦那が・・・甘味屋に居たんだけど」
「けど?」
「だんご・・100本注文してて」
「100って作るのも大変な数だよね。なんてはた迷惑な客なの」
「ぬぅ、いつものことだが」
「いつもそんな迷惑かけてるの、幸さん」
「迷惑などっ・・・かけておるのだろうか・・・」
「でも売り上げにはなるよね、いーんじゃないの、怒られてないなら」
「・・そうか」
「で、佐助はどうしてそんなんなってるの?」
「迎えに行った時、ちょうどだんごが出てきたときだったんだよ。
急げって言ったら猛スピードで食べ出して・・見てたら気持ち悪くなった」
「あー、確かに胸焼けしそうな光景ではあるね。
まぁ何でもいいけど、お館様がお待ちだよ」
そういえば、しまった!という顔で2人して走っていった。
きっと幸村がふすまを開け放った瞬間に信玄公に殴り飛ばされたりするんだろう。
師弟の殴り合いの光景は日常茶飯事で、来た当初は驚いたが今ではすっかり慣れてしまった。
むしろそれがないと、すわ病気か?と疑うようにもなった。
2人が行ってしまったあと、咲は呼ばれていないので縁側へと戻った。
独りは慣れている。
「皆良くしてくれるけど、忙しいんだもんね」
仕方のないことだから。
居候させてくれるだけありがたいというものだ。
否、殺されないだけましか。
目を瞑り、空を見上げる。
そう、殺されていないだけでも、咲は運が良いくらいなのに。
一国の主の下で居候、それも何の役目もないただの娘として、なんて。
「夢みたいなもんだよね、本当なら」
私が町娘で、この時代に生まれていたのなら
けれど咲が生まれたのは何百年もあとの、未来。
武田信玄や真田幸村は歴史の人物として学び、彼らの行く末さえ知っている。
そんな中で、咲は城から出ようとしたしたこともあった。
どれだけいい人たちであっても、恵まれていても。
それがもっと先だといえ死んでしまう未来を向かえるのなら、側に居ないほうがいいと思ったから。
共に過ごした人の死を見て平常心で居られるほど、咲は大人にはなれなかった。
「・・・あの時は、佐助が迎えに来てくれたんだっけ」
城を黙って抜け出してしまったから、心配してくれたんだ、と。
本当なら、信玄公に断らなければなかったのに。
お世話になった人で、せっかく城に居てもいいと言ってくれて。
そんな人に、出て行くなんて言うのは心苦しくて。
黙っていくほうが酷いこともわかっていて、けれど言えなかった。
「・・随分怒られたなぁ・・あの佐助がまじな顔しちゃってさ」
ふふ、と思い出し笑いをする。
今なら笑えるけれど、あの時は正直怖かった。
佐助があんなに怒るなんて。
城を出て、街道沿いを歩いていたまでは良かった。
次第に日が暮れて、時は夕暮れを通り越して黄昏になっていて。
あっという間に真っ暗になった。
「誰そ彼、ともいうんだよね・・本当にすれ違う人の顔さえ見えなかった」
街頭なんてない時代、夜の闇に怯えて、ただひたすらに歩いていた。
城下町はとうの昔に出てきてしまったから、戻ることも難しい。
けれど知識としては、夜に出歩くことは危ないということも、ちゃんと知っていて。
知っていたけれど、どうしようもなかった。
行く当ても目的もなく出てきたから。
「・・・で、本当に襲われちゃったんだっけ・・知ってるのになんて馬鹿だったんだろ」
そこで殺されて金品(ないけど)奪われて死ぬ運命だったのに。
殺される、と思った瞬間、死んでいたのは追いはぎのほうだった。
闇夜に月の光を浴びて立つ忍が、やっと本当に殺しもするのだと認めたのは、その時。
城は平和で、咲は護られていた。
「死にたいなら、他所で死んでくれって言ったっけ」
あの忍は真剣に、苦しげに、泣きそうになりながら。
頼むから、死ぬのなら自分の目の届かないところで死んでくれ、といった。
その目を見て、咲の胸が激しく痛んで、無意識に涙が出た。
苦しくて、悲しくて、申し訳なくて。
「んで、無意識に口から出たのは・・ごめんなさいの言葉だった」
それしか言えなかった、ともいえる。
それから泣いて泣いて・・泣き疲れた暁に、佐助が帰ろうといった。
咲は黙って連れて行かれて、城に帰ってからも大変だった。
本当は怒ろうと思ってたらしい幸村は、泣きはらした顔の咲を見て逆に佐助を怒鳴りつけたり。
信玄公はただ黙って咲の頭を撫で、ついでに動転しっぱなしの幸村を殴り飛ばしたり。
佐助は黙って幸村に怒られていたから、更に罪悪感でいっぱいになったり。
咲は色んな思いが溢れて、ついでに涙も溢れて止まらなくて、その日は結局疲れて眠ってしまった。
「それからはもう、この人たち絶対裏切らない、悲しませたりしないって誓ったんだ」
例えばそれで自分の命が危なくなろうと、絶対二度としない、と。
それから信玄や幸村、佐助がいるこの城が、咲の居場所になった。
「覚悟は決めた・・もう迷わない」
彼らが死んでしまうことを、いやだけど受け入れることにした。
人は誰でも死んでしまうものだから、と無理矢理納得させて。
それまで彼らの側に居られるよう、少しずつ侍女たちの真似事を始めた。
まかないを作らせて貰ったり、掃除をしたり。
それは本当に小さなことだけれど、無駄なことではないから。
「このままが続くといーなぁ」
心からそう思った。
それが長く続かないことを、頭のどこかでわかっていながらも。
出来るだけ長く続くことを、ただ願った。
あれから。
何故か甲斐の虎のもとで居候の身になってみる。
「いや・・今考えても何でこうなるのか全くわからないわけで」
「えー?だからお館様がいいって言ってんだからいいんだって」
「いや、ふつー警戒するよね?他国のスパイだったらどうすんのって」
「スパイなの?」
「違いますけど」
「じゃぁいいじゃん」
「・・・佐助と話してると疲れる私・・・・」
えー、酷いなー
そう言って笑う彼は、明らかに面白がっている。
あの日自己紹介をされたあと、咲は佐助の主の元へと連れて行かれた。
とりあえず、知らせなくてはならないからと、ついでに現物連れていこうということで。
大分アバウトかつ適当な佐助のペースに巻き込まれ、素直に連れて行かれた。
そこから主である幸村と会い、そのまた主である武田信玄とも会い・・。
何がどうなったかわからないうちに、居候が決まった。
信玄曰く、間者ではなく身よりもないならここに居ればいい、らしい。
懐が深いのか適当なのか、判断に迷う。
けれどこれから行くあてもないことは事実だったので、甘えさせてもらい今に至る。
「仕事ないの?佐助」
今は縁側で佐助と2人、ぼんやりと景色を眺めているところで。
秋の涼風が吹く中、ぽつぽつと話をしていた。
「今日は久しぶりに暇でさー、旦那も出かけちゃってるよ」
「見てなくていいの?幸さんすぐ迷子になるでしょ」
「いやいやいや、流石にそれはないでしょー。
ただ、急なお呼び出しがあれば連れてこないわけにもいかな・・」
「佐助、幸村を知らんか?」
「・・・捜しに行ってきます」
会話の途中で信玄が来て、上の台詞。
佐助は休日を満喫することなく、泣く泣く主を捜しに行った。
「いってらっしゃーい」
手を振って見送る。
とはいえ、彼は忍だから、あっという間に姿を消してしまった。
あとに黒い羽を舞わせて。
信玄は自室に戻り、咲は縁側に残る。
ここに居候となった今でも、咲に課せられたもの等はない。
言ってしまえば、やることなんてない。
咲は羽を手に取り、ここに来てからを振り返ってみた。
「思えば随分仲良くなったもんだ・・・」
はぁ、と小さくため息を吐く。
佐助も幸村も信玄も、随分気さくな人物だった。
初めこそ、歴史の人物らしいということに心底驚いたものだったけれど。
なんだか自分の知る歴史と少し、いや大分違うらしいということに混乱して。
そのうち考えるのが面倒になったため、今の環境を受け入れることにした。
何がどうなって~ということを考えてもきりがないし、第一無意味だから。
それにしても、咲の周りの人々は温かだった。
いきなり現れた不審な人物だというのに、主が認めたのだからと受け入れてくれて。
今では家族同然に扱ってくれるから恐縮してしまう。
「・・・敵じゃない、けど・・不審なのは変わらないのに」
彼らの温かさが嬉しくて、でも複雑だった。
私の存在は、彼らにどう影響するのだろうか。
ここに来た意味を、咲はずっと考えていた。
何故か甲斐の虎のもとで居候の身になってみる。
「いや・・今考えても何でこうなるのか全くわからないわけで」
「えー?だからお館様がいいって言ってんだからいいんだって」
「いや、ふつー警戒するよね?他国のスパイだったらどうすんのって」
「スパイなの?」
「違いますけど」
「じゃぁいいじゃん」
「・・・佐助と話してると疲れる私・・・・」
えー、酷いなー
そう言って笑う彼は、明らかに面白がっている。
あの日自己紹介をされたあと、咲は佐助の主の元へと連れて行かれた。
とりあえず、知らせなくてはならないからと、ついでに現物連れていこうということで。
大分アバウトかつ適当な佐助のペースに巻き込まれ、素直に連れて行かれた。
そこから主である幸村と会い、そのまた主である武田信玄とも会い・・。
何がどうなったかわからないうちに、居候が決まった。
信玄曰く、間者ではなく身よりもないならここに居ればいい、らしい。
懐が深いのか適当なのか、判断に迷う。
けれどこれから行くあてもないことは事実だったので、甘えさせてもらい今に至る。
「仕事ないの?佐助」
今は縁側で佐助と2人、ぼんやりと景色を眺めているところで。
秋の涼風が吹く中、ぽつぽつと話をしていた。
「今日は久しぶりに暇でさー、旦那も出かけちゃってるよ」
「見てなくていいの?幸さんすぐ迷子になるでしょ」
「いやいやいや、流石にそれはないでしょー。
ただ、急なお呼び出しがあれば連れてこないわけにもいかな・・」
「佐助、幸村を知らんか?」
「・・・捜しに行ってきます」
会話の途中で信玄が来て、上の台詞。
佐助は休日を満喫することなく、泣く泣く主を捜しに行った。
「いってらっしゃーい」
手を振って見送る。
とはいえ、彼は忍だから、あっという間に姿を消してしまった。
あとに黒い羽を舞わせて。
信玄は自室に戻り、咲は縁側に残る。
ここに居候となった今でも、咲に課せられたもの等はない。
言ってしまえば、やることなんてない。
咲は羽を手に取り、ここに来てからを振り返ってみた。
「思えば随分仲良くなったもんだ・・・」
はぁ、と小さくため息を吐く。
佐助も幸村も信玄も、随分気さくな人物だった。
初めこそ、歴史の人物らしいということに心底驚いたものだったけれど。
なんだか自分の知る歴史と少し、いや大分違うらしいということに混乱して。
そのうち考えるのが面倒になったため、今の環境を受け入れることにした。
何がどうなって~ということを考えてもきりがないし、第一無意味だから。
それにしても、咲の周りの人々は温かだった。
いきなり現れた不審な人物だというのに、主が認めたのだからと受け入れてくれて。
今では家族同然に扱ってくれるから恐縮してしまう。
「・・・敵じゃない、けど・・不審なのは変わらないのに」
彼らの温かさが嬉しくて、でも複雑だった。
私の存在は、彼らにどう影響するのだろうか。
ここに来た意味を、咲はずっと考えていた。
落ちた先は、見知らぬ土地
「ぎゃああああああ」
乙女らしからぬ悲鳴、パート2。
ただ心のままに叫び続け、その身は落下するままに任せた。
どうせ何したって現状が変わるわけでもない。
だって私は人で、飛べないのだから。
頭のどこかで冷静になっている自分がいて、なんだか不思議だった。
もう少しで地面、というところまで来て本気で恐怖が湧いた。
この落下速度で地面に叩きつけられたら、即死は確実に思えた。
「嘘っちょ、ま!
たぁすけてええええぇええ」
いやああああああああ
叫んで叫んで、でもその身は落ちるのを止めない。
重力に従うしか術を持たないのだから、それは当たり前だ。
わかっていても、叫ぶのは止められなかった。
「きゃあああああああああっ」
あと数メートル、1メートル、30センチ・・・
ぴたっ
「あああああああぁ・・・・・あ?」
延々と叫び続けていたけれど、ふと気がつく。
落下が、止まっている?
「え?・・うわぉっ」
ふわふわ、
体は、地面から約20センチ上で浮き、落下はいつの間にか止まっていた。
ぱちくりと瞬きをして、叫ぶのをやめる。
ついでに思考まで止まってしまった。
「・・・え?」
ふわふわ、ふわふわ
ゆらゆらと空中で揺れる体。
ちら、と首を捻り、地面を見る。
「・・・・・え?」
今まで起こったこともそうだけれど、なかなかすぐには信じられなかった。
けれど、それもそう長くは続かず。
「え」
ふっ
「うぎゃっ」
どさっ
いきなり浮いている感覚が消えたかと思うと、落ちた。
重力が戻ってきて、地面に体が叩きつけられる。
それでも空から降ってくるよりはましだと思ったが、やっぱり痛いものは痛かった。
「げふっ・・」
背中から落ち、息が詰まった。
げほげほと咳き込みつつ、うつ伏せになる。
芝生のように整えられたものではない草を握り締め、しばし悶絶した。
色々痛い。
「げほげほっ・・・はー、痛かったちくしょう。
・・・・で、ここは一体何処でせう」
涙目で起き直り、辺りを見渡す。
うっそうと茂る木に雑草?
まさに森。
「森・・・ですか。
どこの森?
てか何で森?」
私が一体何をしたんですか
呆然と前を見て、思う。
いきなり森に落とされるような悪いことはしてなかったはずなのに。
バイトバイトで頑張ってただけなのに。
確かに学校は遅刻や欠席がなかなかにあったけれど、ここまでされる謂れはない。
そもそも現実にこんなことが起こりうるのだろうか。
いや、起こりえない(反語)
普通なら。
「・・・・・わからん、本当にわからん。
ここは何処で何が起きたんですかこの私に・・」
絶望に駆られ、両手をつき頭を垂れる。
例えばこれが遅刻欠席の罰だとしても、あまりにも酷い仕打ちのような気がした。
「確かに不真面目だったけどこれはないよ神様・・・。
私頑張ってたのに・・今月すごい頑張ったのにィ・・!
バイトの給料日はもう明日ですよちくしょう馬鹿!」
あんまり悔しく理不尽だったので、つい矛先を神様に向け八つ当たる。
ついでに拳を地面に打ち付ける。
が、強くやりすぎて痛めてしまった。
これが世に言う天罰ですか。
もうとっくに受けてるというのに、神様は満足してないのですか。
しつこい性格なんですね、神様という輩は。
「痛い・・うー、神様のばか・・・」
痛めた手を摩りながら、涙が出てくる。
何故こんなことになっているんだろうか。
到底理解出来ない自身の現状を嘆く。
ついでに悔しくて悲しくて、本格的に神を怨んだ。
がさっ
「おんやぁ・・女の子がいる」
「ぎゃわっ」
唐突に藪を揺らし、一人の男が出てきた。
あんまりいきなりだったので、変な悲鳴が出る。
それと同時に恐怖と驚愕で心臓が早鐘を打ち始めた。
得体の知れない輩とまともに向き合う度胸はない。
小心者です。
「何かそれ、女の子の悲鳴じゃないな・・。
で、あんたは何処のお嬢さん?」
んー?と首を捻りつつ、近寄ってくる男に、びくつきながら無言で後退する。
涙目で見上げてくる見知らぬ装束を着た女に、何をそんなに興味を持つのか。
男は手をあごにあて、考え込みながらさくさく近寄ってくる。
あまりにも遠慮というものが見受けられないため、内心で盛大に悲鳴を上げた。
「・・っ」
「え、なんか警戒されてる?
ま、そーだよな、お互い知らない者同士だし。
でもこっちはそうも言ってられなくてね。
ここ、俺の主の領地内だからさ。
他国の間者だとしたら捨て置けない」
きらりと目を光らせる。
一瞬殺気のようなものを感じて、本気で怯えた。
この人は、ダレ。
「・・・・ご、ごめん、なさい・・すぐ出て行きます・・」
噛みつつそう答えれば、男はおや?という顔をしてこちらを見つめる。
赤い髪に迷彩の忍び装束のような格好の不審人物(に見える)に見つめられ、居た堪れなくて顔を伏せた。
男は一転、にこっと笑った。
「・・・いやぁ、驚かしちゃった?
別に怯えさせる気も旅人を排除する気もないから、安心してくれる?
って言っても、いきなりじゃ無理か・・」
うーんと唸りつつ、頭を掻く。
一体目の前のこの男は何者で、何でここに居て、何を考えているのか。
忍び装束みたいなの来ていても迷彩柄では忍んでない気がする。
相手の言動に密かに突っ込みを入れていたら、いつの間にか涙は乾いていた。
「じゃ、自己紹介しようか。
俺は猿飛佐助で主は真田幸村。
あんたは?」
にっこり笑って、促してくる。
ついその笑顔と気迫に逆らえなくて、答えてしまった。
答える気なんて、一切なかったのに。
「・・・咲。
葛篭咲」
そうして素直に答えたあと、ぼんやり偽名でも使えばよかったとちらりと後悔した。
けれど後になって、偽名なんて使わなくて良かったと思うことを、咲は知らない。
とは言えこれが、こちらの世界で初めての接触。
初めて出会った人は、甲斐の若虎に仕える真田忍軍の長、猿飛佐助だった。
「ぎゃああああああ」
乙女らしからぬ悲鳴、パート2。
ただ心のままに叫び続け、その身は落下するままに任せた。
どうせ何したって現状が変わるわけでもない。
だって私は人で、飛べないのだから。
頭のどこかで冷静になっている自分がいて、なんだか不思議だった。
もう少しで地面、というところまで来て本気で恐怖が湧いた。
この落下速度で地面に叩きつけられたら、即死は確実に思えた。
「嘘っちょ、ま!
たぁすけてええええぇええ」
いやああああああああ
叫んで叫んで、でもその身は落ちるのを止めない。
重力に従うしか術を持たないのだから、それは当たり前だ。
わかっていても、叫ぶのは止められなかった。
「きゃあああああああああっ」
あと数メートル、1メートル、30センチ・・・
ぴたっ
「あああああああぁ・・・・・あ?」
延々と叫び続けていたけれど、ふと気がつく。
落下が、止まっている?
「え?・・うわぉっ」
ふわふわ、
体は、地面から約20センチ上で浮き、落下はいつの間にか止まっていた。
ぱちくりと瞬きをして、叫ぶのをやめる。
ついでに思考まで止まってしまった。
「・・・え?」
ふわふわ、ふわふわ
ゆらゆらと空中で揺れる体。
ちら、と首を捻り、地面を見る。
「・・・・・え?」
今まで起こったこともそうだけれど、なかなかすぐには信じられなかった。
けれど、それもそう長くは続かず。
「え」
ふっ
「うぎゃっ」
どさっ
いきなり浮いている感覚が消えたかと思うと、落ちた。
重力が戻ってきて、地面に体が叩きつけられる。
それでも空から降ってくるよりはましだと思ったが、やっぱり痛いものは痛かった。
「げふっ・・」
背中から落ち、息が詰まった。
げほげほと咳き込みつつ、うつ伏せになる。
芝生のように整えられたものではない草を握り締め、しばし悶絶した。
色々痛い。
「げほげほっ・・・はー、痛かったちくしょう。
・・・・で、ここは一体何処でせう」
涙目で起き直り、辺りを見渡す。
うっそうと茂る木に雑草?
まさに森。
「森・・・ですか。
どこの森?
てか何で森?」
私が一体何をしたんですか
呆然と前を見て、思う。
いきなり森に落とされるような悪いことはしてなかったはずなのに。
バイトバイトで頑張ってただけなのに。
確かに学校は遅刻や欠席がなかなかにあったけれど、ここまでされる謂れはない。
そもそも現実にこんなことが起こりうるのだろうか。
いや、起こりえない(反語)
普通なら。
「・・・・・わからん、本当にわからん。
ここは何処で何が起きたんですかこの私に・・」
絶望に駆られ、両手をつき頭を垂れる。
例えばこれが遅刻欠席の罰だとしても、あまりにも酷い仕打ちのような気がした。
「確かに不真面目だったけどこれはないよ神様・・・。
私頑張ってたのに・・今月すごい頑張ったのにィ・・!
バイトの給料日はもう明日ですよちくしょう馬鹿!」
あんまり悔しく理不尽だったので、つい矛先を神様に向け八つ当たる。
ついでに拳を地面に打ち付ける。
が、強くやりすぎて痛めてしまった。
これが世に言う天罰ですか。
もうとっくに受けてるというのに、神様は満足してないのですか。
しつこい性格なんですね、神様という輩は。
「痛い・・うー、神様のばか・・・」
痛めた手を摩りながら、涙が出てくる。
何故こんなことになっているんだろうか。
到底理解出来ない自身の現状を嘆く。
ついでに悔しくて悲しくて、本格的に神を怨んだ。
がさっ
「おんやぁ・・女の子がいる」
「ぎゃわっ」
唐突に藪を揺らし、一人の男が出てきた。
あんまりいきなりだったので、変な悲鳴が出る。
それと同時に恐怖と驚愕で心臓が早鐘を打ち始めた。
得体の知れない輩とまともに向き合う度胸はない。
小心者です。
「何かそれ、女の子の悲鳴じゃないな・・。
で、あんたは何処のお嬢さん?」
んー?と首を捻りつつ、近寄ってくる男に、びくつきながら無言で後退する。
涙目で見上げてくる見知らぬ装束を着た女に、何をそんなに興味を持つのか。
男は手をあごにあて、考え込みながらさくさく近寄ってくる。
あまりにも遠慮というものが見受けられないため、内心で盛大に悲鳴を上げた。
「・・っ」
「え、なんか警戒されてる?
ま、そーだよな、お互い知らない者同士だし。
でもこっちはそうも言ってられなくてね。
ここ、俺の主の領地内だからさ。
他国の間者だとしたら捨て置けない」
きらりと目を光らせる。
一瞬殺気のようなものを感じて、本気で怯えた。
この人は、ダレ。
「・・・・ご、ごめん、なさい・・すぐ出て行きます・・」
噛みつつそう答えれば、男はおや?という顔をしてこちらを見つめる。
赤い髪に迷彩の忍び装束のような格好の不審人物(に見える)に見つめられ、居た堪れなくて顔を伏せた。
男は一転、にこっと笑った。
「・・・いやぁ、驚かしちゃった?
別に怯えさせる気も旅人を排除する気もないから、安心してくれる?
って言っても、いきなりじゃ無理か・・」
うーんと唸りつつ、頭を掻く。
一体目の前のこの男は何者で、何でここに居て、何を考えているのか。
忍び装束みたいなの来ていても迷彩柄では忍んでない気がする。
相手の言動に密かに突っ込みを入れていたら、いつの間にか涙は乾いていた。
「じゃ、自己紹介しようか。
俺は猿飛佐助で主は真田幸村。
あんたは?」
にっこり笑って、促してくる。
ついその笑顔と気迫に逆らえなくて、答えてしまった。
答える気なんて、一切なかったのに。
「・・・咲。
葛篭咲」
そうして素直に答えたあと、ぼんやり偽名でも使えばよかったとちらりと後悔した。
けれど後になって、偽名なんて使わなくて良かったと思うことを、咲は知らない。
とは言えこれが、こちらの世界で初めての接触。
初めて出会った人は、甲斐の若虎に仕える真田忍軍の長、猿飛佐助だった。