呟きたいときくるところ
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すれ違い、1人で過ごす日々
退屈で、けれど平穏な日々
何気ない日常が殊更愛おしく感じられるのは
きっと、大事に思える人が増えたから
光雲の行く末6
ぱたぱた
小さな足音が聞こえる方向に、足を進める。
そうして歩くうちに音に追いつき、角を曲がった先にいたのは、華奢な少女だった。
後ろから追いつく人影にまだ気づく様子はなく、目的地までの道のりを進んでいる。
その無防備さが、ことさら可愛らしく思えた。
「姫さん、」
「・・・っ!!」
いつものように声をかけただけ、のはずだった。
が、やはり本当に無防備になっていたのだろう千代は、ものすごく驚いて跳ね上がった。
「おいおい、大丈夫か・・って、ゴメンな、俺様のせいか」
苦笑しつつも謝れば、勢いで振り返った千代が、恨みがましく睨む。
それも涙目なので特に怖くはなく、かえって愛らしくさえ見えるほどだ。
贔屓目で見ても千代は綺麗な顔立ちをしていた。
「気配、なかった・・!」
下手をすれば聞こえないくらいの小さく掠れ気味の声で、文句を言う。
この声を聞くたび、佐助は小さく胸が痛むのを感じていた。
森に倒れていた彼女を拾い、この城につれて来たのは佐助だ。
発見当時は泥だらけ傷だらけ、おまけに目を覚ましたと思ったら声が出なくなっていた。
それから何故か3日間目を覚まさず、ようやく起きたときには声がこんな状態で。
責任は自分にはない、わかっていても辛かった。
「ごめんって」
苦笑しつつ、千代の頭を軽く叩いてやる。
そうすると千代は文句があっても黙るしかないのだ。
案の定、千代はまだ不満そうにしながらも、文句を言ってこなくなった。
きっと自分に父か兄の像でも見ているのだろうと思うと、少し複雑だった。
「姫さん、今日は久しぶりに暇が出来たんだ」
そう言えば、千代が喜びに目を輝かせるのがわかった。
犬か、と少し笑ってしまい、千代に不思議そうな顔で見られて焦る。
誤魔化すために千代の頭を撫でれば、更に怪訝そうな顔になった。
くり、と小首を傾げられ、何?と聞かれているのだろうと判断する。
「何でもないって」
そういっても、しばらく顔は複雑そうなままだった。
おまけに千代を眺めていたら何故か可笑しくなって、また笑ってしまった。
笑いながらも、こうした何でもない日常が、とても愛おしく思った。
千代は笑っている佐助を見ながら、こんなに笑う佐助はあまり見た覚えがないと思った。
半年ここで暮らしながら、共に過ごした日々は半分にも満たない。
それでも、少しはこの世界がどんなところかわかったし、佐助がどんな人なのかもわかった。
例えそれが世界にしろ佐助にしろ表面しか見ていなかったとしても。
この世界は、どうやら戦国時代と酷似した世界らしい。
歴史を学んで覚えていた人物が多数存在しており、国も地形も役職すらそのままだ。
けれど、知らない人も勿論居るし、同じ年代に存在しないはずの人もちらほら。
色々史実と違う上に、炎や闇やら普通の人間なら出来ない技が使えるらしい。
保護してくれた信玄や幸村は炎を纏って戦うし、佐助でさえ闇の力を使う。
考えれば考えるほど、千代の常識と相反する世界なんだと認識した。
これ以上考えたら多分自分が可笑しくなる、そう思った千代はとりあえず考えることをやめた。
この世界はこの世界で存在するのだから、それでいいじゃないか、と。
一つだけ確かなのは、ここが自分の居た世界の過去ではない。
異世界だということだけだった。
退屈で、けれど平穏な日々
何気ない日常が殊更愛おしく感じられるのは
きっと、大事に思える人が増えたから
光雲の行く末6
ぱたぱた
小さな足音が聞こえる方向に、足を進める。
そうして歩くうちに音に追いつき、角を曲がった先にいたのは、華奢な少女だった。
後ろから追いつく人影にまだ気づく様子はなく、目的地までの道のりを進んでいる。
その無防備さが、ことさら可愛らしく思えた。
「姫さん、」
「・・・っ!!」
いつものように声をかけただけ、のはずだった。
が、やはり本当に無防備になっていたのだろう千代は、ものすごく驚いて跳ね上がった。
「おいおい、大丈夫か・・って、ゴメンな、俺様のせいか」
苦笑しつつも謝れば、勢いで振り返った千代が、恨みがましく睨む。
それも涙目なので特に怖くはなく、かえって愛らしくさえ見えるほどだ。
贔屓目で見ても千代は綺麗な顔立ちをしていた。
「気配、なかった・・!」
下手をすれば聞こえないくらいの小さく掠れ気味の声で、文句を言う。
この声を聞くたび、佐助は小さく胸が痛むのを感じていた。
森に倒れていた彼女を拾い、この城につれて来たのは佐助だ。
発見当時は泥だらけ傷だらけ、おまけに目を覚ましたと思ったら声が出なくなっていた。
それから何故か3日間目を覚まさず、ようやく起きたときには声がこんな状態で。
責任は自分にはない、わかっていても辛かった。
「ごめんって」
苦笑しつつ、千代の頭を軽く叩いてやる。
そうすると千代は文句があっても黙るしかないのだ。
案の定、千代はまだ不満そうにしながらも、文句を言ってこなくなった。
きっと自分に父か兄の像でも見ているのだろうと思うと、少し複雑だった。
「姫さん、今日は久しぶりに暇が出来たんだ」
そう言えば、千代が喜びに目を輝かせるのがわかった。
犬か、と少し笑ってしまい、千代に不思議そうな顔で見られて焦る。
誤魔化すために千代の頭を撫でれば、更に怪訝そうな顔になった。
くり、と小首を傾げられ、何?と聞かれているのだろうと判断する。
「何でもないって」
そういっても、しばらく顔は複雑そうなままだった。
おまけに千代を眺めていたら何故か可笑しくなって、また笑ってしまった。
笑いながらも、こうした何でもない日常が、とても愛おしく思った。
千代は笑っている佐助を見ながら、こんなに笑う佐助はあまり見た覚えがないと思った。
半年ここで暮らしながら、共に過ごした日々は半分にも満たない。
それでも、少しはこの世界がどんなところかわかったし、佐助がどんな人なのかもわかった。
例えそれが世界にしろ佐助にしろ表面しか見ていなかったとしても。
この世界は、どうやら戦国時代と酷似した世界らしい。
歴史を学んで覚えていた人物が多数存在しており、国も地形も役職すらそのままだ。
けれど、知らない人も勿論居るし、同じ年代に存在しないはずの人もちらほら。
色々史実と違う上に、炎や闇やら普通の人間なら出来ない技が使えるらしい。
保護してくれた信玄や幸村は炎を纏って戦うし、佐助でさえ闇の力を使う。
考えれば考えるほど、千代の常識と相反する世界なんだと認識した。
これ以上考えたら多分自分が可笑しくなる、そう思った千代はとりあえず考えることをやめた。
この世界はこの世界で存在するのだから、それでいいじゃないか、と。
一つだけ確かなのは、ここが自分の居た世界の過去ではない。
異世界だということだけだった。
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この世界で生きていくうちに
一つ一つ、現代との違いが見えてくる
以前はそうした違いが、大きなことのように思えて
もし行けたとしても、生きていくことは出来ないと思った
そうした考えは、いつの間に消えていったのだろう
光雲の行く末5
ひしゃくで汲んだ水を手にかけて、それで洗う。
お手洗いに行った後は、こうしてお手水を使うのが当たり前だ。
けれど、トイレはこの世界、水洗なんてあるわけがない。
個室とは言え、仮に設えた様な甘いつくり。
初めは無防備すぎるように思えて、抵抗があったけれど。
「・・・・(慣れって、すごい)」
ふぅと軽く息を吐きつつ、空を見上げた。
今ではそんなもの、当たり前にしか思わない。
それもそのはず。
千代が信玄に保護されてから、既に半年の日々が経っていた。
城に女中が居るため、千代にすることがあるわけではない。
なので、日がな一日のらりくらりと過ごしていた。
ぺとぺとと素足で廊下を歩き、たどり着いたのは幸村の居室。
さらりとふすまをあけてみても、当の部屋の主は居なかった。
特にそれを気にした様子もなく、千代は部屋の真ん中に立つ。
暇な日はこうして城の中を彷徨うのが日課になっていた。
幸村や佐助、信玄は勿論とても忙しい身。
けれど暇さえあれば、彼らも構ってくれるのが常だった。
そうした彼らの好意に甘えていることは、千代とて自覚している。
「・・・・(でもやっぱり、暇なものは暇なんだもん)」
現代で生きているときは、何故かとても忙しかったように思える。
学校にバイトで日々が飛んですぎ、1人暮らしだったため家事やなんかもある。
遊ぶのだって手を抜きたくないし、課題や定期テストなんかは更に手が抜けない。
こんなにぼんやりして日々を過ごすことに、憧れたときもあった。
「んー・・・(暇すぎると苦痛っていうことがわかったけど)」
体を伸ばしながら、そんなことを思う。
ここでは、やることがほとんどない。
ご飯も洗濯も掃除も、女中さんがやってくれる。
自分でやるといえば、お願いだからしてくれるなといわれてしまった。
仕事を、奪うなと。
わからないでもなかったけれど、そう言われて千代は空しくなった。
楽なのはいい、けれど、何も仕事がないというのは辛い。
自分が、いらないもののように思えてしまう。
そう思いはしたけれど、特に何かするわけでもなかった。
手伝いはしたい、けれど私では足手まといになるだけだ。
障害を持った自分では、きっと彼らもやりにくかろう。
彼らに迷惑をかけることだけは、心底嫌だった。
さらり、とふすまを開けて、部屋を出る。
そうして千代は自分の部屋へ戻っていった。
千代の一日は、特に何をするでもなく、こうして終わっていく。
平穏な何もない日々が、後に終わってしまうことは、今の千代にはわからなかった。
千代が幸村の部屋についた頃。
さらりとふすまを開けて千代の部屋に入る、佐助の姿があった。
「おーい姫さん、っと・・・居ないのか」
部屋の主が居ないことに気づくと、小さく肩を落とす。
一応きょろりと部屋を見回してみるも、結果は変わらなかった。
「・・ってなると、今日は多分旦那の部屋かな」
僅かな暇な時間が出来たので会いに来たが、千代は居なかった。
本当に僅かなので、ここ最近は千代が部屋に居ず、会えないことが多かった。
元気になり、城に馴染んだのは良いことだと思うが。
「んー・・・一応、行ってみっか」
ふすまを閉め、くるりと体を反転させる。
そうして歩き出そうとしたときだった。
「佐助っ佐助は何処におるか」
「お、旦那?」
「おう佐助、お館様がお呼びだ、行くぞ!」
「げっ・・・はーい・・」
角を曲がってきた幸村に連行され、またも千代とすれ違った佐助であった。
ちなみに。
佐助が千代をお姫さんと呼ぶのは、初め名を知らず、どう呼んでいいかわからなかったため。
農民には見えない白い綺麗な肌を持つ千代だから、姫と呼ぶことにしたそうだった。
千代がそのことについて言及すると、
「農民の娘は手とか荒れてるし、髪だってこんなに綺麗な子は居ないのさ」
だから、それでいいのだと言い切られてしまい、千代も恥ずかしくはあったが、気にしないことにした。
目が覚めてから自分の名を伝え、幸村と信玄が名で呼ぶようになって、それは変わらなかった。
一つ一つ、現代との違いが見えてくる
以前はそうした違いが、大きなことのように思えて
もし行けたとしても、生きていくことは出来ないと思った
そうした考えは、いつの間に消えていったのだろう
光雲の行く末5
ひしゃくで汲んだ水を手にかけて、それで洗う。
お手洗いに行った後は、こうしてお手水を使うのが当たり前だ。
けれど、トイレはこの世界、水洗なんてあるわけがない。
個室とは言え、仮に設えた様な甘いつくり。
初めは無防備すぎるように思えて、抵抗があったけれど。
「・・・・(慣れって、すごい)」
ふぅと軽く息を吐きつつ、空を見上げた。
今ではそんなもの、当たり前にしか思わない。
それもそのはず。
千代が信玄に保護されてから、既に半年の日々が経っていた。
城に女中が居るため、千代にすることがあるわけではない。
なので、日がな一日のらりくらりと過ごしていた。
ぺとぺとと素足で廊下を歩き、たどり着いたのは幸村の居室。
さらりとふすまをあけてみても、当の部屋の主は居なかった。
特にそれを気にした様子もなく、千代は部屋の真ん中に立つ。
暇な日はこうして城の中を彷徨うのが日課になっていた。
幸村や佐助、信玄は勿論とても忙しい身。
けれど暇さえあれば、彼らも構ってくれるのが常だった。
そうした彼らの好意に甘えていることは、千代とて自覚している。
「・・・・(でもやっぱり、暇なものは暇なんだもん)」
現代で生きているときは、何故かとても忙しかったように思える。
学校にバイトで日々が飛んですぎ、1人暮らしだったため家事やなんかもある。
遊ぶのだって手を抜きたくないし、課題や定期テストなんかは更に手が抜けない。
こんなにぼんやりして日々を過ごすことに、憧れたときもあった。
「んー・・・(暇すぎると苦痛っていうことがわかったけど)」
体を伸ばしながら、そんなことを思う。
ここでは、やることがほとんどない。
ご飯も洗濯も掃除も、女中さんがやってくれる。
自分でやるといえば、お願いだからしてくれるなといわれてしまった。
仕事を、奪うなと。
わからないでもなかったけれど、そう言われて千代は空しくなった。
楽なのはいい、けれど、何も仕事がないというのは辛い。
自分が、いらないもののように思えてしまう。
そう思いはしたけれど、特に何かするわけでもなかった。
手伝いはしたい、けれど私では足手まといになるだけだ。
障害を持った自分では、きっと彼らもやりにくかろう。
彼らに迷惑をかけることだけは、心底嫌だった。
さらり、とふすまを開けて、部屋を出る。
そうして千代は自分の部屋へ戻っていった。
千代の一日は、特に何をするでもなく、こうして終わっていく。
平穏な何もない日々が、後に終わってしまうことは、今の千代にはわからなかった。
千代が幸村の部屋についた頃。
さらりとふすまを開けて千代の部屋に入る、佐助の姿があった。
「おーい姫さん、っと・・・居ないのか」
部屋の主が居ないことに気づくと、小さく肩を落とす。
一応きょろりと部屋を見回してみるも、結果は変わらなかった。
「・・ってなると、今日は多分旦那の部屋かな」
僅かな暇な時間が出来たので会いに来たが、千代は居なかった。
本当に僅かなので、ここ最近は千代が部屋に居ず、会えないことが多かった。
元気になり、城に馴染んだのは良いことだと思うが。
「んー・・・一応、行ってみっか」
ふすまを閉め、くるりと体を反転させる。
そうして歩き出そうとしたときだった。
「佐助っ佐助は何処におるか」
「お、旦那?」
「おう佐助、お館様がお呼びだ、行くぞ!」
「げっ・・・はーい・・」
角を曲がってきた幸村に連行され、またも千代とすれ違った佐助であった。
ちなみに。
佐助が千代をお姫さんと呼ぶのは、初め名を知らず、どう呼んでいいかわからなかったため。
農民には見えない白い綺麗な肌を持つ千代だから、姫と呼ぶことにしたそうだった。
千代がそのことについて言及すると、
「農民の娘は手とか荒れてるし、髪だってこんなに綺麗な子は居ないのさ」
だから、それでいいのだと言い切られてしまい、千代も恥ずかしくはあったが、気にしないことにした。
目が覚めてから自分の名を伝え、幸村と信玄が名で呼ぶようになって、それは変わらなかった。
夢を、ずうっと見ていた気がした
その一つ一つを覚えてはいないけれど
その夢たちは暖かくて優しくて
よくわからないけれど、涙が止まらなかった
その間に優しい手が涙を拭ってくれたのは、気のせい?
光雲の行く末4
「・・・・」
明るい日差しが、僅かなふすまの隙間から差し込む。
あぁ、朝なのだと思って、自然に目が覚めた。
ゆっくりと瞼をあけた途端に、光で目が眩んで、慌てて手を翳す。
随分と、闇の中にいた気がした。
「・・・・・・・・ぅ、(私の、声・・は・・?)」
僅かに、呻き声のようなものが漏れる。
思うようには出ないけれど、幽かになら、出る。
「・・あー・・・(声が、出る・・・)」
嬉しくて、涙が零れた。
声が出ないことがこれほどに不安だったのかと、少し笑って。
仰向けのまま腕で目を覆って、そのまま涙を流した。
「おはよう、お姫さん・・・おぉっ?!」
さらりとふすまが開けられて、現れたのは忍装束を着た佐助だった。
気配も足音もないのは、流石忍といったところだろうか。
唐突に現れた佐助は、千代が目覚めていることに驚いた。
「目、覚めたのかー、いやぁ良かった」
「・・?」
そこまで大げさに息を吐かれるほど、眠っていたわけではなかろうに。
千代はそこがわからず、きょとんと佐助を見つめた。
見つめられていたことに気づき、佐助は笑って千代の枕元に座った。
「お姫さん、もう3日も眠ってたんだぜ」
今日はもう4日目の朝さ
そう言われて、寸の間固まる。
3日も眠っていたといわれても、正直実感はわかない。
ただ、そういえば夢をいくつか見ていたな、くらいだ。
「でも、目が覚めて良かったよ・・・そろそろ飯食わないと、体が持たない」
そう言われて、何故か合点がいく。
目が覚めてから、腕を上げるのも正直辛かった。
体中に力が入らない感じがするのは、そのせいか、と。
「・・ぁ・・・・あ、り・・が・・と・・・」
上手く出ない声を必死に出す。
たった一言を捻り出すまでに、随分と体力を使った。
それでも、その一言に、満足した。
「お、声、出るようになったんだー・・・いやー、ほんと良かったなぁ」
感慨深げに、瞳を細めて言われて。
何故か、とても胸が温かくなった。
「お姫さん、涙くらい拭こうよ」
軽く笑われて、大きな手で拭われる。
その手の温かさに、夢うつつで涙を拭ってくれた手を思い出す。
もしかしたら、と思いつつも、言う必要はないように思われて。
ただ、猫のように、その手に頬を摺り寄せた。
その後、佐助が幸村とお館様に知らせてくれたのか。
彼らも見舞いに来てく、千代の目覚めを一様に喜んでくれた。
お館様は、まだ声の出にくい千代を気遣って、まだ何も言わなくていいと言った。
千代はありがたくその言葉に縋ることにし、けれど筆談で出自と名だけは伝えた。
私は、あなた達に害為す者ではないです。
そのことだけは、伝えたかった。
「気に負わずとも良い、養生せい」
そう言って笑ったお館様の顔を、千代は一生忘れることはないだろうと思った。
それから暫し後、伝えたいことがあるときは、筆談とジェスチャーで伝えることにした。
不思議と彼らはすぐに意を汲み取ってくれて、特に不便に思うことはなかった。
甲斐甲斐しくお世話をしてくれる若い女の人もつけてくれ、千代は随分と大事にされた。
そのことに若干の違和感を覚え、佐助に伝えたこともあった。
けれど、佐助は
「気にするなって、お館様も言ったろ?早く元気になれよ」
そう言って笑ったので、千代はひたすらに体力を取り戻すことに専念した。
彼らの足手まといにはなりたくない、その一心で。
ご飯を食べ、起き上がれるようになり、千代は2週間ほどで普通に生活できるようになった。
ただ、声が出しにくいのは相変わらずで、小さくか細い声しか出せない上。
流暢に話すことが、難しくなっていた。
千代の口数は必然的に激減したが、特に問題はなかった。
「さ、すけ」
「ん?」
ちょい、と衣を引っ張って名を呼ぶ。
そうして何かの仕種をするだけで、意を解してくれる。
理解しよう彼らが努力してくれているせいでもあるが、不思議とみながわかってくれた。
与えられた奥の部屋から徐々に移動するようになって、話したことのない人でも。
「はい、わかりました」
その一言で、千代が聞きたいことをわかってくれるのだった。
それが何だか不思議ではあったけれど、これほど都合の良いこともなかったので気にしないことにした。
そうして千代は信玄の拾い子として、城に住見続けた。
いつしか、千代が保護されて半年のときが流れていた。
その一つ一つを覚えてはいないけれど
その夢たちは暖かくて優しくて
よくわからないけれど、涙が止まらなかった
その間に優しい手が涙を拭ってくれたのは、気のせい?
光雲の行く末4
「・・・・」
明るい日差しが、僅かなふすまの隙間から差し込む。
あぁ、朝なのだと思って、自然に目が覚めた。
ゆっくりと瞼をあけた途端に、光で目が眩んで、慌てて手を翳す。
随分と、闇の中にいた気がした。
「・・・・・・・・ぅ、(私の、声・・は・・?)」
僅かに、呻き声のようなものが漏れる。
思うようには出ないけれど、幽かになら、出る。
「・・あー・・・(声が、出る・・・)」
嬉しくて、涙が零れた。
声が出ないことがこれほどに不安だったのかと、少し笑って。
仰向けのまま腕で目を覆って、そのまま涙を流した。
「おはよう、お姫さん・・・おぉっ?!」
さらりとふすまが開けられて、現れたのは忍装束を着た佐助だった。
気配も足音もないのは、流石忍といったところだろうか。
唐突に現れた佐助は、千代が目覚めていることに驚いた。
「目、覚めたのかー、いやぁ良かった」
「・・?」
そこまで大げさに息を吐かれるほど、眠っていたわけではなかろうに。
千代はそこがわからず、きょとんと佐助を見つめた。
見つめられていたことに気づき、佐助は笑って千代の枕元に座った。
「お姫さん、もう3日も眠ってたんだぜ」
今日はもう4日目の朝さ
そう言われて、寸の間固まる。
3日も眠っていたといわれても、正直実感はわかない。
ただ、そういえば夢をいくつか見ていたな、くらいだ。
「でも、目が覚めて良かったよ・・・そろそろ飯食わないと、体が持たない」
そう言われて、何故か合点がいく。
目が覚めてから、腕を上げるのも正直辛かった。
体中に力が入らない感じがするのは、そのせいか、と。
「・・ぁ・・・・あ、り・・が・・と・・・」
上手く出ない声を必死に出す。
たった一言を捻り出すまでに、随分と体力を使った。
それでも、その一言に、満足した。
「お、声、出るようになったんだー・・・いやー、ほんと良かったなぁ」
感慨深げに、瞳を細めて言われて。
何故か、とても胸が温かくなった。
「お姫さん、涙くらい拭こうよ」
軽く笑われて、大きな手で拭われる。
その手の温かさに、夢うつつで涙を拭ってくれた手を思い出す。
もしかしたら、と思いつつも、言う必要はないように思われて。
ただ、猫のように、その手に頬を摺り寄せた。
その後、佐助が幸村とお館様に知らせてくれたのか。
彼らも見舞いに来てく、千代の目覚めを一様に喜んでくれた。
お館様は、まだ声の出にくい千代を気遣って、まだ何も言わなくていいと言った。
千代はありがたくその言葉に縋ることにし、けれど筆談で出自と名だけは伝えた。
私は、あなた達に害為す者ではないです。
そのことだけは、伝えたかった。
「気に負わずとも良い、養生せい」
そう言って笑ったお館様の顔を、千代は一生忘れることはないだろうと思った。
それから暫し後、伝えたいことがあるときは、筆談とジェスチャーで伝えることにした。
不思議と彼らはすぐに意を汲み取ってくれて、特に不便に思うことはなかった。
甲斐甲斐しくお世話をしてくれる若い女の人もつけてくれ、千代は随分と大事にされた。
そのことに若干の違和感を覚え、佐助に伝えたこともあった。
けれど、佐助は
「気にするなって、お館様も言ったろ?早く元気になれよ」
そう言って笑ったので、千代はひたすらに体力を取り戻すことに専念した。
彼らの足手まといにはなりたくない、その一心で。
ご飯を食べ、起き上がれるようになり、千代は2週間ほどで普通に生活できるようになった。
ただ、声が出しにくいのは相変わらずで、小さくか細い声しか出せない上。
流暢に話すことが、難しくなっていた。
千代の口数は必然的に激減したが、特に問題はなかった。
「さ、すけ」
「ん?」
ちょい、と衣を引っ張って名を呼ぶ。
そうして何かの仕種をするだけで、意を解してくれる。
理解しよう彼らが努力してくれているせいでもあるが、不思議とみながわかってくれた。
与えられた奥の部屋から徐々に移動するようになって、話したことのない人でも。
「はい、わかりました」
その一言で、千代が聞きたいことをわかってくれるのだった。
それが何だか不思議ではあったけれど、これほど都合の良いこともなかったので気にしないことにした。
そうして千代は信玄の拾い子として、城に住見続けた。
いつしか、千代が保護されて半年のときが流れていた。
神様なんて信じていなかったけれど
こんなときだけは、縋りたくなる
私はきっと、卑怯者なのだろう
光雲の行く末3
「・・・え、まさか」
佐助が、驚いたような顔で問いかける。
けれど何より驚いているのは、千代本人だ。
「・・・・・(声、が)」
あっという間に血の気の引いた千代を案じて、佐助が心配そうな顔をした。
幸村も深刻そうな顔になっている。
ただ1人、不動なのが信玄のみだ。
千代は何度も声を出そうと試みるが、一向に出そうにない。
そのことに、一層パニックに陥った。
「・・・っ!!(声がっ出ない・・っ)」
戸惑いと、恐怖とで、知らぬうちに視界が滲む。
未だかつて覚えたことのないほどの、感情。
未知の恐怖に、どうしたらいいのかわからなくなった。
恐怖に押しつぶされそうになってる心と裏腹に、頭では冷静に「これが押しつぶされるってことなのかも」なんて考えていたりした。
「落ち着けっ!」
「っ!」
突然傍らからの大声に、びくりと体が震え、咄嗟に縮こまる。
そうして怯え縮こまった体が次に感じたのは、温かいもので。
「大丈夫だ、大丈夫だから・・」
抱きしめてくれたのは、佐助だった。
一番手近にいた関係もあるだろうが、それでもやはり驚いて。
暫しその体勢で居て、ようやく安心したのか、眠気に襲われた。
ぽんぽんと頭を軽く叩いてくれたのもあるのか。
そのままあっさりと、佐助の腕の中で眠ってしまった。
あとから考えれば、幼児退行でも起こしていたのかもしれない。
恐怖のあとの安心感から逃れられるはずもないのは確かだが。
恐怖から逃げるためでもあったのかもしれないから。
真か嘘か、その後3日間、千代は眠り続けた。
「・・・眠ったか」
「はい・・」
信玄の言葉に、静かに佐助が頷く。
己の腕の中で再び眠りに落ちた少女を布団に寝かせつつ、言葉が途切れた。
幸村も難しそうな顔で、思案気に千代が見つめていた。
3人とも、ただ考えていた。
「・・・・どうやら、以前は声が出ていたようじゃの」
「目が覚めたらいきなり話せないようじゃ、誰だって驚きますってね・・」
「ぬぅ・・・何があったのだろうか」
3人で考え込む。
そんなことをしたところで何か考え付くわけでもないのだが。
暫し後、信玄がまだ思案顔で、2人に言い渡した。
「この娘のことは、今は追求せずともよい」
本当に落ち着くまでは、ただそのままに
幸村と佐助は静かに頷いて、その場を辞した。
主である信玄の言葉だったからというのもあるが、今はそれが最善のように思われたからだ。
名も、出自もわからぬ、不審者。
そういってもいいような小娘であったけれど、彼らは普通に接してくれた。
後の千代にとって、この時期が人格形成に重要になったのだと思われた。
こんなときだけは、縋りたくなる
私はきっと、卑怯者なのだろう
光雲の行く末3
「・・・え、まさか」
佐助が、驚いたような顔で問いかける。
けれど何より驚いているのは、千代本人だ。
「・・・・・(声、が)」
あっという間に血の気の引いた千代を案じて、佐助が心配そうな顔をした。
幸村も深刻そうな顔になっている。
ただ1人、不動なのが信玄のみだ。
千代は何度も声を出そうと試みるが、一向に出そうにない。
そのことに、一層パニックに陥った。
「・・・っ!!(声がっ出ない・・っ)」
戸惑いと、恐怖とで、知らぬうちに視界が滲む。
未だかつて覚えたことのないほどの、感情。
未知の恐怖に、どうしたらいいのかわからなくなった。
恐怖に押しつぶされそうになってる心と裏腹に、頭では冷静に「これが押しつぶされるってことなのかも」なんて考えていたりした。
「落ち着けっ!」
「っ!」
突然傍らからの大声に、びくりと体が震え、咄嗟に縮こまる。
そうして怯え縮こまった体が次に感じたのは、温かいもので。
「大丈夫だ、大丈夫だから・・」
抱きしめてくれたのは、佐助だった。
一番手近にいた関係もあるだろうが、それでもやはり驚いて。
暫しその体勢で居て、ようやく安心したのか、眠気に襲われた。
ぽんぽんと頭を軽く叩いてくれたのもあるのか。
そのままあっさりと、佐助の腕の中で眠ってしまった。
あとから考えれば、幼児退行でも起こしていたのかもしれない。
恐怖のあとの安心感から逃れられるはずもないのは確かだが。
恐怖から逃げるためでもあったのかもしれないから。
真か嘘か、その後3日間、千代は眠り続けた。
「・・・眠ったか」
「はい・・」
信玄の言葉に、静かに佐助が頷く。
己の腕の中で再び眠りに落ちた少女を布団に寝かせつつ、言葉が途切れた。
幸村も難しそうな顔で、思案気に千代が見つめていた。
3人とも、ただ考えていた。
「・・・・どうやら、以前は声が出ていたようじゃの」
「目が覚めたらいきなり話せないようじゃ、誰だって驚きますってね・・」
「ぬぅ・・・何があったのだろうか」
3人で考え込む。
そんなことをしたところで何か考え付くわけでもないのだが。
暫し後、信玄がまだ思案顔で、2人に言い渡した。
「この娘のことは、今は追求せずともよい」
本当に落ち着くまでは、ただそのままに
幸村と佐助は静かに頷いて、その場を辞した。
主である信玄の言葉だったからというのもあるが、今はそれが最善のように思われたからだ。
名も、出自もわからぬ、不審者。
そういってもいいような小娘であったけれど、彼らは普通に接してくれた。
後の千代にとって、この時期が人格形成に重要になったのだと思われた。
夢を見た
大分昔、私が小さいときの、懐かしい夢を
あの頃の私には、まだまだ世界は大きくて
全てが新しかったのに
今の私になってしまったのは、どこから?
光雲の行く末2
「・・・で、・・え・・れて参った?」
「あ~・・・って・・・きっと・・・・じゃない・・・か?」
「うむ・・・では・・・」
夢と現の間で揺れる意識が、ようやく現へと戻りかけた頃。
自分の近くで、何人かが話をしていることに気がつく。
若くはつらつとした、少年と青年の間にいるような声。
低く太い、年を経たような老年を思い起こさせる声。
まだ若い、けれど何処か大人びた印象を受ける声。
数からして3人だろうと、夢現の頭で考える。
ぼんやりとする意識はそのままに、面倒なのと心地よいのとで、ただその声を聞いていた。
「旦那、だって、女の子がぼろぼろで落ちてたら、ふつー拾うっしょ?」
「何を言うか佐助ぇ!女子がそうそう落ちているものか!」
「幸村よ、問題はそこではなかろう」
確かに突っ込むのはそこじゃない。
未だ覚醒しきれない頭で、千代は思った。
「佐助よ・・・この者が何者なのか、知っておるのか?」
「いやぁー、この娘さんが何なのかなんてわかりませんよー」
重く問いただされた声に、軽い調子で応える相手。
この調子の違いは何なんだろうと思いつつ、目を開けぬまま話を聞き続ける。
既に意識は徐々に浮上してきていて、目を開けてもいい状態にも関わらず、だ。
「佐助ぇ!」
「だーいじょうぶだって、旦那!」
「・・・ふむ」
傍らで言い争う若い2人を他所に、何故か納得したかのように呟く。
きっと腕を組んでたりするんだろーな、そう思うと、少し気分が浮かれた。
「良い、幸村。佐助のことじゃ、信用しても大事ないのであろう」
「おっ!流石お館様!」
「ぬううぅ、お館様、本当に良いのでございますか!?」
「旦那ぁー、いい加減諦めろって」
「佐助ぇえ!何を・・・っ」
「えぇい幸村!修行が足りん!!!」
ばきぃっ
若い声を途中で遮って、大きな声が部屋に響く。
次いで、直ぐに何かが吹き飛ぶような音がした。
あまりに唐突だったので、音に驚いて目を開け、更に惨状を理解できずに驚く。
自分が寝かされている和室のふすまが吹き飛び、赤い衣装を纏った人が庭に倒れている。
枕の横には、迷彩柄の忍らしき人に、仁王立ちした鬼のような中年の男性。
びっくりしすぎて、目が見開いたまま硬直してしまった。
「あちゃー・・・お館様、女の子びっくりして起きちゃいましたよ」
傍らの忍がこちらに気づき、苦笑いを浮かべる。
赤い髪?に角をつけた筋肉質な体にも、二度びっくりしている千代を見て、声をかけた。
「ごめんなー、大丈夫?これ、いつものことだから」
気にしないでいいからなー
そう軽く言われても、正直何とも言えずにいた。
これって普通じゃないよね、あり得ないよね、てゆーかここどこ?等と思考が入り乱れている。
そろそろ考えすぎて許容量を越えそうなところで、殴り飛ばされた人が戻ってきた。
ぱちくりとようやく瞬きをし始めた千代に目を留め、あっという間に真っ赤になる。
着ている衣装が赤なため(上半身は裸だが)、全身赤に見えた。
「うっ・・・!」
「真田の旦那はちょっと女の子に慣れてないから、気にしないでな」
「さ、佐助ぇえっ」
「ほんとのことでしょー、ほらほら、怒鳴らないでよ旦那、怯えてるじゃん」
「幸村よ!修行が足らん!!」
まるで3人揃うだけで、コントのようだ。
初めは圧倒されていた千代だが、だんだん慣れてきたのか、笑う余裕が出てきた。
「お、笑った。やっぱ女の子は笑ったほうがいいよー」
「う、うむ・・」
「ふむ・・そうじゃな」
3人が頷き、千代は照れ笑いを浮かべた。
自分を取り巻く状況はよくわからないままだけれど、少しは救いがあると思えた。
ようやく落ち着けたところで、自己紹介をされる。
端から、
幸村に仕える猿飛佐助
信玄に仕える真田幸村
みんなの大将武田信玄、らしい。
名前を聞いても、聞き覚えがあるくらいで実感が湧かないのか、すんなり納得してしまった。
「・・・それで、君の名前は?」
そう聞かれたとき。
初めて気づいた。
「・・・っ(声が出ない・・・?)」
いきなり難題にぶち当たってしまい、血の気が一気に引いていった。
大分昔、私が小さいときの、懐かしい夢を
あの頃の私には、まだまだ世界は大きくて
全てが新しかったのに
今の私になってしまったのは、どこから?
光雲の行く末2
「・・・で、・・え・・れて参った?」
「あ~・・・って・・・きっと・・・・じゃない・・・か?」
「うむ・・・では・・・」
夢と現の間で揺れる意識が、ようやく現へと戻りかけた頃。
自分の近くで、何人かが話をしていることに気がつく。
若くはつらつとした、少年と青年の間にいるような声。
低く太い、年を経たような老年を思い起こさせる声。
まだ若い、けれど何処か大人びた印象を受ける声。
数からして3人だろうと、夢現の頭で考える。
ぼんやりとする意識はそのままに、面倒なのと心地よいのとで、ただその声を聞いていた。
「旦那、だって、女の子がぼろぼろで落ちてたら、ふつー拾うっしょ?」
「何を言うか佐助ぇ!女子がそうそう落ちているものか!」
「幸村よ、問題はそこではなかろう」
確かに突っ込むのはそこじゃない。
未だ覚醒しきれない頭で、千代は思った。
「佐助よ・・・この者が何者なのか、知っておるのか?」
「いやぁー、この娘さんが何なのかなんてわかりませんよー」
重く問いただされた声に、軽い調子で応える相手。
この調子の違いは何なんだろうと思いつつ、目を開けぬまま話を聞き続ける。
既に意識は徐々に浮上してきていて、目を開けてもいい状態にも関わらず、だ。
「佐助ぇ!」
「だーいじょうぶだって、旦那!」
「・・・ふむ」
傍らで言い争う若い2人を他所に、何故か納得したかのように呟く。
きっと腕を組んでたりするんだろーな、そう思うと、少し気分が浮かれた。
「良い、幸村。佐助のことじゃ、信用しても大事ないのであろう」
「おっ!流石お館様!」
「ぬううぅ、お館様、本当に良いのでございますか!?」
「旦那ぁー、いい加減諦めろって」
「佐助ぇえ!何を・・・っ」
「えぇい幸村!修行が足りん!!!」
ばきぃっ
若い声を途中で遮って、大きな声が部屋に響く。
次いで、直ぐに何かが吹き飛ぶような音がした。
あまりに唐突だったので、音に驚いて目を開け、更に惨状を理解できずに驚く。
自分が寝かされている和室のふすまが吹き飛び、赤い衣装を纏った人が庭に倒れている。
枕の横には、迷彩柄の忍らしき人に、仁王立ちした鬼のような中年の男性。
びっくりしすぎて、目が見開いたまま硬直してしまった。
「あちゃー・・・お館様、女の子びっくりして起きちゃいましたよ」
傍らの忍がこちらに気づき、苦笑いを浮かべる。
赤い髪?に角をつけた筋肉質な体にも、二度びっくりしている千代を見て、声をかけた。
「ごめんなー、大丈夫?これ、いつものことだから」
気にしないでいいからなー
そう軽く言われても、正直何とも言えずにいた。
これって普通じゃないよね、あり得ないよね、てゆーかここどこ?等と思考が入り乱れている。
そろそろ考えすぎて許容量を越えそうなところで、殴り飛ばされた人が戻ってきた。
ぱちくりとようやく瞬きをし始めた千代に目を留め、あっという間に真っ赤になる。
着ている衣装が赤なため(上半身は裸だが)、全身赤に見えた。
「うっ・・・!」
「真田の旦那はちょっと女の子に慣れてないから、気にしないでな」
「さ、佐助ぇえっ」
「ほんとのことでしょー、ほらほら、怒鳴らないでよ旦那、怯えてるじゃん」
「幸村よ!修行が足らん!!」
まるで3人揃うだけで、コントのようだ。
初めは圧倒されていた千代だが、だんだん慣れてきたのか、笑う余裕が出てきた。
「お、笑った。やっぱ女の子は笑ったほうがいいよー」
「う、うむ・・」
「ふむ・・そうじゃな」
3人が頷き、千代は照れ笑いを浮かべた。
自分を取り巻く状況はよくわからないままだけれど、少しは救いがあると思えた。
ようやく落ち着けたところで、自己紹介をされる。
端から、
幸村に仕える猿飛佐助
信玄に仕える真田幸村
みんなの大将武田信玄、らしい。
名前を聞いても、聞き覚えがあるくらいで実感が湧かないのか、すんなり納得してしまった。
「・・・それで、君の名前は?」
そう聞かれたとき。
初めて気づいた。
「・・・っ(声が出ない・・・?)」
いきなり難題にぶち当たってしまい、血の気が一気に引いていった。